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社会的排除から社会的包摂へ
あなたをひとりにしない、よりそいホットライン
「孤立死をなくすためのシンポジウム」 開催
3月29日(木) 東京・日本青年館
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一般社団法人社会的包摂サポートセンター(東京都文京区、代表理事:熊坂義
裕)は、現在、全国で、「生活の困窮」「心の悩み」「暴力被害」「仕事」「自
殺念慮」など幅広い悩みを24時間、無料で電話相談できる「よりそいホットライ
ン」*を実施しています。
高齢化社会の到来と人間関係の希薄化のさらなる進行で、社会から孤立して亡
くなる、いわゆる「孤立死」が全国で急増しています。独居老人や、夫婦やきょ
うだいで住むお年寄りが多かったこの「孤立死」ですが、最近では母子や30代の
男性など、比較的若い世代の「孤立死」が各地で報じられています。中にはバブ
ル崩壊後の1995年以降急増している「餓死」で亡くなられているケースもあり、
深刻な生活困窮などが原因で社会から切り離されて亡くなる「孤立死」が、いま
や大きな社会問題となっています。
このように、お金や仕事がなくなることなど、さまざまな生活上の困難によっ
て社会から切り離されてしまう「社会的排除」をなくしていくために、一般社団
法人社会的包摂サポートセンターでは、「自殺」「心の悩み」など、単一のテー
マだけでなく、さまざまな悩みに対して一括して相談に応じるホットラインを、
3月11日から全国でスタートしました。
それらを受け、全国スタート後の相談実績や相談の傾向などをご報告するとと
もに、現在特に顕著となっている社会的排除により起こる「孤立死」をなくすた
めに、有識者を招き議論するシンポジウムを開催します。当日は社会福祉士であ
り、認知症や知的・精神障害など、生活困難な方への保護活動に従事され、「孤
立死」にも詳しい池田恵利子氏による基調講演を予定しております。
皆様におかれましては、大変ご多忙の中恐縮ですが、是非ともご取材賜わりま
すようお願い申し上げます。
*「よりそいホットライン」:2011年度は国の補助によるモデル事業であり、本
事業の展開期間は3月31日までとなります。2012年度分は来年度予算案に盛り込
まれており、4月以降も事業継続する予定です。
◎開催概要
【日時】2012年3月29日(木)13時30分~ (13時から受付開始)
【場所】日本青年会館 (東京都新宿区霞ヶ丘町7?1)
【基調講演】「孤立死の現状について」 池田惠利子(社会福祉士)
■パネルディスカッション
池田惠利子(社会福祉士)
八塩圭子(フリーアナウンサー)
山崎史郎(厚生労働省社会・援護局 局長)
根岸親(自殺対策全国民間ネットワーク)
熊坂義裕(社会的包摂サポートセンター代表理事)
遠藤智子(社会的包摂サポートセンター事務局長)
■「よりそいホットライン」実施報告
全国コーディネーター、専門ライン責任者等からの報告
<よりそいホットラインホームページ>
http://279338.jp/
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☆★(東京)
2012年3月29日(木)13:30~ (13:00から受付開始)@日本青年会館
社会的排除から社会的包摂へ あなたをひとりにしない、よりそいホットライン
「孤立死をなくすためのシンポジウム」 開催
■1(東京)【本日です!】
2012年3月28日(水)14:00~16:30@衆議院第2議員会館、第2会議室(※13:30から第2議員会
館ロビーで通行証を配布)
東日本大震災から1年 『大震災の住宅復興、居住支援を求める』 3・28院内集会
■2(東京・宮城)
2012年3月31日14:00~16:00@JICA地球ひろば セミナールーム402号室
石巻コミュティカフェ活動報告 &
パルシック ワカメ収穫手伝いのボランティア募集のお知らせ(詳細下記)
■3(東京)
2012年8月3日(金)13:30~15:30(13時開場)@国会議員会館(予定)※どの議員会館かは未定です
『義務教育等学習機会充実法案(仮称)』成立に向けた
超党派参加・国会院内の集いのお知らせ
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■1
■ 東日本大震災から1年 ■
『大震災の住宅復興、居住支援を求める』 3・28院内集会
【日時】2012年3月28日(水)午後2時~午後4時30分
(※1時30分から 第2議員会館ロビーで通行証を配布します。)
【会場】衆議院第2議員会館、第2会議室
(地下鉄「国会議事堂前」駅、または「永田町」駅、いずれも徒歩3分)
【内容】
1.講演 「住宅復興・居住支援・まちづくりの課題と提言」
― 塩崎賢明・日本住宅会議理事長 (神戸大学教授)
2.国会議員からのあいさつ
3.報告
(1) 「政府回答の問題点と今後の取り組み」
― 坂庭国晴・国民の住まいを守る全国連絡会代表幹事
(2) 「大都市の住まいの貧困をなくすために」
― 稲葉 剛・住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人
4.発言・意見交換
― 共同パンフ執筆者からの発言、参加者からの発言
私たち下記3団体は、東日本大震災の発生時から被災者の居住支援、住宅復
旧・復興、まちづくりに関わる取り組みをすすめ、昨年は3月、6月に支援集
会を開催し、10月には住宅研究集会を行いました。
この中で「大震災の住宅復興、居住支援、まちづくりの提言」を策定し、発
表しました。この提言にもとづく「要請書」を政府に提出し、今年1月に回答
(厚労省、国交省)を得ました。また、大都市の防災まちづくりを追求しています。
提言と要請は実現してきている内容もありますが、多くの課題が残されてい
ます。私たちは、居住支援、住宅復興、まちづくりの要求実現と課題の解決を
めざし、院内集会を開催し、これらの実現を国会議員の方々に求めていきます。
多くの皆さまの参加を呼びかけるものです。
★パンフレット「東日本大震災/住宅復興・まちづくりへの提言・大都市の防
災の備え」もぜひご一読ください。
http://housingpoor.blog53.fc2.com/blog-entry-154.html
【開催団体】日本住宅会議、国民の住まいを守る全国連絡会(住まい連)、
住まいの貧困に取り組むネットワーク
【連絡先】NPO住まいの改善センター
TEL : 03-3837-7611
FAX : 03-3837-8450
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■2
石巻コミュティカフェ活動報告 &
パルシック ワカメ収穫手伝いのボランティア募集のお知らせ
----------<石巻コミュティカフェ活動報告のご案内>---------
パルシックは2011年8月から2012年3月までの間、主に石巻市街地で、災害に
より被害を受け、壊されたお家に住まわれている方々を対象に、コミュニティ
カフェを運営して参りました。孤立している被災者同士が、くつろいで交流・
情報交換のできる場所を作り、温かい食事や美味しいコーヒーを提供してきま
した。この活動は多くのボランティアによって支えられてきました。この半年
間の活動をパルシック石巻事務所スタッフ及び、ボランティアにご参加くださ
った方々にご報告頂きます。<皆さまのご参加お待ちしています!>
【日時】2012年3月31日 14:00~16:00
【場所】JICA地球ひろば セミナールーム 402号室
http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html
【入場無料】ご参加自由(ご予約頂けると幸いです)
<フェアトレードコーヒー・紅茶1杯付き>
【お申込み・お問い合わせ】
特定非営利活動法人 パルシック
東京都千代田区神田淡路町 1-7-11 東洋ビル
Tel:03-3253-8990 FAX:03-5209-3453
http://www.parcic.org office@parcic.org
---------< パルシック ワカメ収穫手伝いのボランティア募集のご案内>-----------
震災から1年が経ちました。パルシックはこれからも、宮城県石巻市北上町を中心
に仮設住宅の生活支援、農業・漁業の復興支援、文化の復興支援などを続けて参り
ます。漁船、漁具、加工施設、家も失った漁師さんたちが、昨年末から養殖を再開
した大切なワカメが、いよいよ収穫の時期になりました。ワカメの収穫や加工のお
手伝いや、漁師さん達の補助作業をしてくださるボランティアを募集します!よろ
しくお願いします。
【募集期間】現在~2012年5月6日頃まで
【対象】18歳以上で体力に自信のある方
基本的に1週間程度ご参加頂ける方
【交通】基本的にバス、車で現地までお越し頂きます。
(例)仙台→石巻イオン(バス) 石巻イオン→北上町十三浜「小滝」バス停
【費用】現地で1日\1,000-頂戴します。(食材費(朝、夕)、宿泊費、光熱費、雑代)
別途お弁当代、お風呂代がかかります。
【宿泊】パルシック十三浜事務所(元民宿 はまなす荘)
【お問合わせ】特定非営利活動法人パルシック 担当:ロバーツ 圭子
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル
TEL:03-3253-8990 FAX:03-5209-3453 MAIL:office@parcic.org
<<詳細はパルシックHPをご覧ください!>>
http://www.parcic.org/news/boshu/volunteer_ishinomaki_wakame.html
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■3
『義務教育等学習機会充実法案(仮称)』成立に向けた
超党派参加・国会院内の集いのお知らせ
みなさま
東京・夜間中学の関本です。
以下、全国夜間中学校研究会からのお知らせとお願いです。
■全国には百数十万人の義務教育未修了者がいると言われながら、公立夜間中
学校は8都府県に35校しかありません。そのため、各地から東京や大阪に転
居したり、年間20万円以上の通学定期代を払い往復4時間かけて夜間中学校
に通う方もいます。しかしほとんどの方はそれもできず、高学歴社会日本の中
で大変な苦痛と不便さ、職業選択の自由もない中での生活を強いられています。
■そこで、現在、全国夜間中学校研究会では、関係者の協力を得ながら、「義
務教育に相当する学校教育等の環境の整備の推進による学習機会の充実に関す
る法律案」 (義務教育等学習機会充実法案)の成立を目ざし、取り組みを進め
ています。
昨年10月には、岩﨑正道会長(世田谷区立三宿中学校校長)をはじめ関係
者が国会超党派議員(民主・自民・公明・みんな・共産・社民)を訪問し、協
力を要請しました。この中で各議員より 「法案成立に協力したい」「法案が
全会一致で可決されるよう、議員の立場で後押ししたい」「超党派の議員立法
は、最近の流れ」「この問題の大切さを痛感している」など懇談をもった国会
6会派全ての国会議員(秘書を含む)から、法案成立に向け、積極的な意見が
出されました。
■以上の点を踏まえ、今年8月3日(金)午後、国会議員会館にて超党派の国
会議員を招き、義務教育未修了者の生の声を聞き、
上記法案成立を目ざす集いを開催します。
詳しいことは、今後さらに追ってご連絡させていただきます。
みなさま、ぜひご参加ください。よろしくお願い致します。
『義務教育等学習機会充実法案(仮称)』成立に向けた超党派参加・国会院内の集い
~人間らしく生きるため、すべての人に義務教育を!~
「読み書きができないので手紙もすべて捨て、情けなくて生きている価値が
ないと感じていた」(義務教育未修了者の声)
このような義務教育未修了者は全国に百数十万人いると言われますが(政府
見解でも約70万人)公立夜間中学校は 8都府県に35校あるのみで、北海
道・東北・中部・四国・九州には1校もありません。圧倒的に不足しています。
この度、全国各地への夜間中学校開設を始め、基礎教育としての義務教育の
拡充をめざした『義務教育等学習機会 充実法案(仮称)』成立に向け、超党派
の国会議員の協力を得た国会院内集会を開催します。ぜひご参加下さい。
夜間中学校とは:終戦後、仕事などで学校に通えない学齢の子どもたちのた
めに開設されましたが、現在は、様々な事情で学習する機会を奪われた日本人
の高齢者、障がい者、不登校やひきこもりの若者、中国残留孤児、在日韓国朝
鮮人、国際結婚や仕事などで来日した方やその家族、難民等に、基礎教育とし
ての義務教育を行っています。
【とき】2012年8月3日(金)午後1時30分~3時30分(1時開場)
【ばしょ】国会議員会館(予定)※どの議員会館かは未定です。
【参加費】無料。どなたでも参加できます。
【内容】公立夜間中学・自主夜間中学の生徒・卒業生・関係者、識者、市民、
国会議員等のお話
【主催(連絡先)】全国夜間中学校研究会
(〒154-0004東京都世田谷区太子堂1-3-43 TEL 03-3424-5255 FAX 03-3424-5380
世田谷区立三宿中学校夜間学級内事務局長 須田登美雄)
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義務教育に相当する学校教育等の環境の整備の推進による学習機会の充実に
関する法律案 義務教育等学習機会充実法案)
(目的)第一条 この法律は、義務教育に相当する学校教育等の環境の整備に関
し、基本方針を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするととも
に、関連する予算の確保及び充実の目標を定めること等を通じてその着実な達
成を図ることにより、義務教育に相当する学習を希望する者等の学習機会の充
実に資することを目的とする。
(定義)第二条 この法律において「学校」とは、学校教育法(昭和二十二年法
律第二十六号)第一条に規定する学校をいう。
(学校教育等の環境の整備の基本方針)第三条 義務教育に相当する学校教育等
の環境の整備は、すべての者が、学校等に在学する児童、生徒及び学生(第八
号においては「児童生徒等」という。)としてその発達段階及びそれぞれの状
況に応じた適切かつ最善な環境で学校教育等を受けることができるよう、次に
掲げる事項を確保することを旨として、行わなければならない。
1.多様な教育の機会を提供すること。
2.よりきめ細かな教育指導を実現するための諸条件を整備すること。
3.安全かつ快適な学校教育等を実現するための諸条件を整備すること。
4.安全かつ容易な通学のための諸条件を整備すること。
5.心身の健康、進学、職業選択等に関する相談体制を充実させること。
6.情報化、国際化等社会の変革に対応し、日本語を母語としない学習者に
対する教育を充実させること。
7.学習する機会が失われた者がその希望するときに再び学習する機会が与
えられるようにすること。
8.障がいを有する児童生徒等については、共に学ぶ機会の確保に配慮しつ
つ、その特別な状況に応じた教育を充実させること
(国の責務) 第四条 国は、前条に定める学校教育等の環境の整備の基本方針
(次条以降において「基本方針」という。)に基づき、義務教育に相当する学校
教育等の環境の整備に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。
(地方公共団体の責務)第五条 地方公共団体は、基本方針に基づき、義務教
育に相当する学校教育等の環境の整備に関し、国との適切な役割分担を踏まえ
て、その地方公共団体の区域の特性を生かした自主的な施策を策定し、及び'
実施する責務を有する。
(学校教育等に関連する予算の確保及び充実の目標等)第六条 政府は、基本方
針の達成に資するため、義務教育に相当する学校教育等の環境の整備に関連す
る国及び地方公共団体の予算の確保及び充実の目標を定めなければならない。
2.政府は、第一項の目標を踏まえ、それを達成するため、必要な財政上の
措置その他の措置を講じなければならない。
3.義務教育に相当する学校教育等の環境の整備に関連する整備計画を定め
た地方公共団体は、それを達成するため、自らも必要な財源を確保する等必
要な措置を講ずるよう、努めなければならない。
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2012年3月28日水曜日
2012年3月12日月曜日
2012年3月12日発行のメールニュースより
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★【明日です!】
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
(以下のチラシはこちらからダウンロードできます)
https://www.sugarsync.com/pf/D434877_1016243_638551
「評判の悪い生活保護については、何か手をつけないと消費税増税への国民
の理解が得られない」という理由で、非常に強引に生活保護受給者の医療費一
部自己負担導入が決められようとしています。しかし実は医療扶助費の6割近
くの約8000億円が入院費であり、約25%の3000億円が精神医療入院費であるこ
とは、あまり知られていません。医療扶助費の効率化を考える際、自己負担導
入で問題が解決するのか、実態に即して考える必要があります。鬱積するフラ
ストレーションが「弱者たたき」に向かいやすい現在、冷静な議論を行いたい
と思います。
【日時】3月13日(火)18:30~20:00
【場所】航空会館7F701・702会議室
東京都港区新橋1-18-1(JR新橋駅日比谷口、メトロ銀座線、都営浅草
線新橋駅7番出口より徒歩5分。都営三田線内幸町駅A2出口すぐ)
地図→ http://www.kokukaikan.com/tizu.htm
【中継】当日ユーストリーム中継あり→http://www.ustream.tv/channel/hanhinkon
【司会進行】
○大塚 敏夫(中央労福協事務局長)
【発言】
○門屋 充郎(日本相談支援専門員協会代表、NPO法人十勝障害者支援セン
ター理事長)
日本の精神医療は、入院治療に偏りすぎていて、それが多くの弊害をもたら
しています。障害者の地域生活移行は、以前から国の方針として掲げられなが
ら、十分な成果を挙げていません。理由の一端は、地域生活の困難さにあると
言われます。しかし、適切な相談支援体制があれば、それは十分に可能です。
実践的裏づけのあるデータに基づいて、精神障害者の地域生活移行が可能であ
り、それによって医療費自己負担導入などしなくても、生活保護の医療扶助費
を減らすことは可能であることを示します。
○湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセン
ター・もやい事務局次長)
橋下大阪市長や一部の国会議員が強硬に主張している医療費自己負担導入は
、そもそも実務的に可能なのでしょうか。むしろ実務的な検証なく、「何かし
なければ」という焦りと勢いだけで突き進んでいるように見えます。その結果
が現場の混乱で終わることは明らかです。ムードに流された弱者叩きほどおそ
ろしいものはありません。国会議員やマスコミの方たちには、冷静で実のある
政策論議を求めたいと思います。
○鈴木 隆一(当事者団体「オアシスの会」)
これまで、14、5回の入退院を繰り返しています。病院は医療を受けて蘇
生するところ、地域が僕の住むところです。地域での暮らしは困難もあります
が、でも自分でその都度悩み、考えながら生きているのはいいことです。その
暮らしには生活保護は命綱のようなもの。その命綱が切れてしまったら、また
病院に戻るしかなくなります。
【主催】生活底上げ会議 (人間らしい労働と生活を求める連絡会議)
連絡先:中央労福協・北村 TEL 03-3259-1287
〒101-0052 千代田区神田小川町3-8 中北ビル5階
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☆【はじまっています!】
─ 3月11日より、「よりそいホットライン」開始のお知らせ ─
3月11日より、「よりそいホットライン」が全国で始まりました。
被災地での取り組みを全国へ
「仕事」「心の悩み」「暴力被害」など暮らしの悩みの一括無料電話相談
“よりそいホットライン”
【フリーダイヤル】 0120-279-338 (つなぐ ささえる)
<よりそいホットラインホームページURL>
http://279338.jp/yorisoi/
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★(東京)
2012年3月13日(火)18:30~20:00@航空会館7F701・702会議室
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
☆【お知らせ】
3月11日より、「よりそいホットライン」開始のお知らせ
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■1(東京)
2012年3月16日(金)12:30~13:30(開場12:00)@衆議院第2議員会館 多目的会議室
「社会的事業所促進法案大綱」研究集会(要申込)のご案内
■2(東京)
2012年3月17日(土)14:00~16:00(開場13:30)@早稲田奉仕園リバティホール
<PARC自由学校『活動家一丁あがり!講座』卒業イベント>
シンポジウム ~大切な人を自死で亡くすということ~
■3(東京)
2012年3月30(金)15:30~18:30(開場15:00)※19:00~21:00 同会場別フロアで懇親会を行います
@在日本韓国YMCAアジア青少年センター地階「スペースYホール」
JCN設立一周年記念事業「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
■4(京都)
2012年4月15日(日)13:30~16:30@ウィングス京都2階 セミナー室AB
女性と貧困 ~ ジェンダーの視点で、当事者目線で考える!
■5【お知らせ】
刊行『大震災と子どもの貧困白書』
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■1
「社会的事業所促進法案大綱」研究集会(要申込)のご案内
皆さま
ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパンの藤木です。
BCCと重複をご容赦ください。
昨年より検討を重ねている「社会的事業所促進法案大綱」の研究集会が下記のよう
に開催されます。社会的不利を何らかの理由により負わされて就労が困難な方たち
と共に働く場への支援を整え、増やしていこうというものです。お時間が合いまし
たら、どうぞご参加ください。ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパ
ンも協賛しています。
入り口で入館証をお渡ししますので、少し早めにいらしてください。
できるだけ、下記の連絡先にお申し込みをお願いします。
【テーマ】「社会的事業所促進法案大綱」研究集会
【日時】3月16日(金)12:30~13:30 (開場12:00)
【ところ】衆議院第2議員会館 多目的会議室
プログラム
司会 安江鈴子(全国ホームレス資料センター)
柏井宏之(共生型システム研究会)
12:30 「第3の就労」の必要性 斎藤縣三(共同連事務局長)
12:40 若者ホームレスに社会的就労を 中村光男(企業組合あうん)
12:45 ニートにスローワークの場を 藤井智(NPO文化学習協同ネットワーク)
12:50 「社会的事業所促進法案大綱」の説明 堀利和(共同連代表)
13:10 意見交換
13:25 まとめ 柏井
※ 出席された衆参の議員から一言ずつご挨拶いただきます。
【主催】NPO法人共同連
【協賛】ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパン
全国ホームレス支援ネットワーク
生活保護対策全国会議(要請中)
【連絡先】特定非営利活動法人わくわくかん
E-mail:kyoudourentokyo@gmail.com
呼び掛け文
社会的に排除された人のために社会的事業所促進法」の制定を!
今日の経済社会の状況下で、社会的不利を抱えた人が、働くことがますます困難
な状態に置かれています。かつてから重度の障害者がそうであったように、今では
引きこもり、ニートの若者を始め、アルコールや薬物依存者、シングルマザーやホ
ームレスの人、そして不況の中で生活保護受給者になった現役世代というように、
この問題は社会的広がりを見せています。
重度の障害者の場合、雇用促進法に基づく一般雇用が保障されず、したがって「
福祉的就労」に甘んじなければなりませんでした。そのように限られた選択肢しか
ない働き方を克服するため、雇用でも福祉的就労でもない第三の働き方、それが「
社会的事業所」の働き方なのです。
ヨーロッパや韓国ではすでにそのような働き方を法制化しており、イタリアでは
1991年に「社会的協同組合法」が、韓国では2007年に「社会的企業育成法」が制定
されています。日本でも、同様の法制度が必要であると考えます。
社会的に排除された人、障害者も難病者も、依存者も刑余者も、ホームレスの人も
生活保護受給者も、共働による経済的自立が求められます。社会的事業所を通じて
、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)を達成しようとするものです。
同時に、長期失業者等の職のない人たちにも社会的事業所は有効な働く場ともなり
ます。また、ソーシャルインクルージョンの達成には様々なレベルの取り組みが必
要となりますが、この社会的事業所は、労働を通じたその達成の極めて有効な方法
です。
「社会的事業所促進法」は、いわば社会的企業の日本版で、イタリアの社会的協
同組合法のB型と、韓国の社会的企業育成法を参考にした制度設計となっています
。前者は「社会的に排除された人」、そして後者は「ぜい弱階層」を対象とし、上
記に示した人たちのことです。それを私たちの法案大綱では、「社会的不利を何ら
かの理由により負わされ、そのため、就労が困難な状態に置かれる者」と定義づけ
ました。このように社会的に排除された人が、社会の一構成員として社会に参加し
、貢献できる機会を保障することを目的としています。
一般雇用は雇用として失業対策で、また、福祉的就労は福祉的就労として福祉の
分野で、それにひきかえ、社会的事業所の持つ意味は労働政策であるとともに社会
政策でもあります。第三の働き方を新たに創設するものです。本法は認証制度に基
づき、当該事業所に対する公的、社会的支援をさまざま行います。
一日も早い、そしてこのように有効な政策が確実に法制化されるよう、心より願
います。
2012年3月 NPO法人共同連
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■2
<PARC自由学校『活動家一丁あがり!講座』卒業イベント>
シンポジウム ~大切な人を自死で亡くすということ~
自死者14年連続3万人を超えている日本。
統計では自死者一人に対して遺族は5人存在すると言われています。
しかし、自死者には生前,家族だけではなく友人も恋人も職場の人たちなど様々な人
との関わりがあったはずです。
その人たちも家族と同じ悲しみと衝撃を抱えています。
今まで、自死遺族問題は自死者の家族の中だけで語られることが多かったのですが
今回、この問題を様々な立場の人たちとみんなで一緒に考えていけたらと思います。
【日時】3月17日(土)14時~16時(開場13時半)
【会場】早稲田奉仕園リバティホール 新宿区西早稲田2-3-1
(地下鉄東西線早稲田駅徒歩5分)
http://www.hoshien.or.jp/map/map.html
【参加費】1000円
【定員】80人
プログラム
14時~14時5分 主催者挨拶 NPO法人Serenity(セレニティ)代表 自死遺族 田口まゆ
14時10分~14時40分 基調講演:宇都宮健児
(弁護士・内閣に設置された多重債務者対策本部有識者会議委員、
全国クレジット・サラ金問題対策協議会副代表幹事、反貧困ネットワーク代表)
14時40分~14時55分 休憩
14時55分~15時35分 シンポジウム 「大切な人を自死で亡くして」
シンポジスト:藤野英明(横須賀市議会議員・無所属・3期/恋人を自死で亡くす)
和泉貴士(弁護士・自死遺族支援弁護団/母親を自死で亡くす)
脇坂幸(不登校引きこもりの子どもの支援/友人を自死で亡くす)
15時35分~15時55分 質疑応答
15時55分~16時 ライブステージ 水島政行 (活動家一丁あがり!講座3期)
【申し込み要】 info@serenity-n.com
【問い合わせ】田口まゆ(NPO法人Serenity 連絡先070-6641-8748)
【主催】NPO法人Serenity(セレニティ)(自死遺族への差別偏見の問題を考えるNPOです)
新宿区若葉3-2-1 2階コミュニティオフィス・フロー
HP http://serenity-n.com/ Blog http://ameblo.jp/mira1105/
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■3
JCN設立一周年記念事業
「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
標記の件、来る3月30日(金)に「JCN設立一周年記念事業
『1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)』」として、
下記の通りご案内申し上げます。
皆様のご参加、ご協力をお願いいたします。
【お申し込み】
申込フォームからお申込みください。
http://kouikinet.jp/ej_meeting3/
【告知チラシ】
(※現在作成中です)
【登壇者等、詳細はウェブで随時お知らせします】
http://www.jpn-civil.net/news/jcn/2012/03/post_43.html
よろしくお願いいたします。
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JCN設立一周年記念事業
「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
東日本大震災支援全国ネットワークでは、3月30日に「JCN設立一周年記念事
業『1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)』」を開催いたしま
す。つきましては、支援関係者の皆様、JCN参加団体(会員・協力団体)、関係機
関の方はぜひご参加くださいますようご案内いたします。
記
【目的】
JCN設立から一年がたち、被災地の復興状況も大きく変わってきています。また県
外・広域の避難という問題など、まだまだ解決しなくてはならないことが多くありま
す。今回は1周年の設立にあわせ、現地へのこれからの支援のあり方、連携のあり
方、行政との関係のあり方を考える一方で、広域避難についても考える機会としたい
と思います。この会を通じてさらなる連携の強化を図ることを目的とします。
【ご参加いただきたい方々】
JCN参加団体、ほか現地支援関係者、関係機関 等(200名程度)
【日時】平成24年3月30日(金)15:30~18:30(開場15:00)
※19:00~21:00 同会場別フロアで懇親会を行います。
【場所】在日本韓国YMCAアジア青少年センター 地階「スペースYホール」
http://www.ymcajapan.org/ayc/hotel/jp/kaigi-spaceY.html
(東京都千代田区猿楽町2-5-5)
※JR水道橋駅:徒歩5分、JR御茶ノ水駅:徒歩8分、東京メトロ神保町駅:徒歩7分
【内容】(登壇者詳細など随時更新します。)
あいさつ・基調発題 15:30~16:10(40分)
テーマ1 「被災者支援の現状とこれから(仮」16:10~17:10(60分)
テーマ2 「広域避難の現状(仮」17:20~18:20(60分)
懇 親 会 19:00~21:00(会費3000円程度を予定)
【主催】東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)
【備考】※当日マスコミ各社による取材があります。
※会場にお越しの際はなるべく公共交通機関をご利用ください。
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■4
ウィメンズカウンセリング京都公開講座:共催 反貧困ネットワーク京都
★「女性と貧困 ~ ジェンダーの視点で、当事者目線で考える!」
ジェンダーの視点から、また女性当事者として、3人のシンポジストに徹底的に
語っていただきましょう。赤石千衣子さんには、東京での「反貧困ネットワーク」
と「しんぐるまざあず・ふぁーらむ」の活動を踏まえて、伊田久美子さんには、真
正面から「ジェンダーの視点による女性労働問題」を、丸山里美さんには、可視化
されにくい「女性ホームレス問題」について話していただきます。2人の男性コメ
ンテーターを交えての率直な討論にも、ご期待ください。
【日時】2011年4月15日(日) 13:30~16:30
【会場】ウィングス京都2階:セミナー室AB
【参加費】500円、資料代1000円(資料なしでも参加可能です)
シンポジスト 赤石千衣子(NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事、
反貧困ネットワーク代表、東日本大震災女性支援ネットワーク代表)
伊田久美子(大阪府立大学教員、女性学研究センター長)
丸山 里美(立命館大学教員、女のおしゃべり会)
コメンテーター 舟木 浩(弁護士)
矢吹 文敏(日本自立生活センター)
コーディネーター 井上摩耶子(ウィメンズカウンセリング京都)
【お問い合わせ】ウィメンズカウンセリング京都
TEL:075-222-2133
FAX:075-222-1822
★シンポのちらしを配布していただけるようでしたら、上記宛てにご連絡くだ
さい。すぐにお送りさせていただきます。よろしくお願いいたします。
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■5
刊行『大震災と子どもの貧困白書』
以下、出版のご案内をいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『大震災と子どもの貧困白書』
編集委員代表
湯澤直美/立教大学コミュニティ福祉学部教授・
「なくそう! 子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表
編集委員
小野寺けい子/盛岡医療生活協同組合理事長・川久保病院小児科医師
こどもの“ふつう”を考える福祉・教育・医療の会
賀屋義郎/民主教育をすすめる宮城の会事務局長・
東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター事務局次長
丹波史紀/福島大学行政政策学類准教授・福島大学災害復興研究所
反貧困ネットワークふくしま共同代表
田中孝彦/武庫川女子大学教育研究所教授・日本臨床教育学会震災調査準備チーム
阿部 彩/国立社会保障・人口問題研究所 社会保障応用分析研究部長
B5判 364ページ 定価3150円
発行:かもがわ出版
★ご購入は以下よりお願いいたします。
最寄りの書店さん、インターネット書店、かもがわ出版ホームページ(送料無料)
http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ta/0521.html
★集会・イベント等での販売をご希望の方は、かもがわ出版:三輪宛、お問い合わ
せください。
miwa@kamogawa.co.jp
080-4456-9529
★チラシは、こちらをご参照ください。
『大震災と子どもの貧困白書』両面チラシ(PDFファイル 947KB)
http://end-childpoverty.jp/wp-content/uploads/2012/03/hakusyo_flyer_color.pdf
『大震災と子どもの貧困白書』チラシ表面:白黒印刷用(PDFファイル 1.13MB)
http://end-childpoverty.jp/wp-content/uploads/2012/03/hakusyo_flyer_monochrome.pdf
-------------------------------------------
「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク
TEL 080-1158-3494
E-mail mail@end-childpoverty.jp
HP http://end-childpoverty.jp
-------------------------------------------
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★【明日です!】
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
(以下のチラシはこちらからダウンロードできます)
https://www.sugarsync.com/pf/D434877_1016243_638551
「評判の悪い生活保護については、何か手をつけないと消費税増税への国民
の理解が得られない」という理由で、非常に強引に生活保護受給者の医療費一
部自己負担導入が決められようとしています。しかし実は医療扶助費の6割近
くの約8000億円が入院費であり、約25%の3000億円が精神医療入院費であるこ
とは、あまり知られていません。医療扶助費の効率化を考える際、自己負担導
入で問題が解決するのか、実態に即して考える必要があります。鬱積するフラ
ストレーションが「弱者たたき」に向かいやすい現在、冷静な議論を行いたい
と思います。
【日時】3月13日(火)18:30~20:00
【場所】航空会館7F701・702会議室
東京都港区新橋1-18-1(JR新橋駅日比谷口、メトロ銀座線、都営浅草
線新橋駅7番出口より徒歩5分。都営三田線内幸町駅A2出口すぐ)
地図→ http://www.kokukaikan.com/tizu.htm
【中継】当日ユーストリーム中継あり→http://www.ustream.tv/channel/hanhinkon
【司会進行】
○大塚 敏夫(中央労福協事務局長)
【発言】
○門屋 充郎(日本相談支援専門員協会代表、NPO法人十勝障害者支援セン
ター理事長)
日本の精神医療は、入院治療に偏りすぎていて、それが多くの弊害をもたら
しています。障害者の地域生活移行は、以前から国の方針として掲げられなが
ら、十分な成果を挙げていません。理由の一端は、地域生活の困難さにあると
言われます。しかし、適切な相談支援体制があれば、それは十分に可能です。
実践的裏づけのあるデータに基づいて、精神障害者の地域生活移行が可能であ
り、それによって医療費自己負担導入などしなくても、生活保護の医療扶助費
を減らすことは可能であることを示します。
○湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセン
ター・もやい事務局次長)
橋下大阪市長や一部の国会議員が強硬に主張している医療費自己負担導入は
、そもそも実務的に可能なのでしょうか。むしろ実務的な検証なく、「何かし
なければ」という焦りと勢いだけで突き進んでいるように見えます。その結果
が現場の混乱で終わることは明らかです。ムードに流された弱者叩きほどおそ
ろしいものはありません。国会議員やマスコミの方たちには、冷静で実のある
政策論議を求めたいと思います。
○鈴木 隆一(当事者団体「オアシスの会」)
これまで、14、5回の入退院を繰り返しています。病院は医療を受けて蘇
生するところ、地域が僕の住むところです。地域での暮らしは困難もあります
が、でも自分でその都度悩み、考えながら生きているのはいいことです。その
暮らしには生活保護は命綱のようなもの。その命綱が切れてしまったら、また
病院に戻るしかなくなります。
【主催】生活底上げ会議 (人間らしい労働と生活を求める連絡会議)
連絡先:中央労福協・北村 TEL 03-3259-1287
〒101-0052 千代田区神田小川町3-8 中北ビル5階
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☆【はじまっています!】
─ 3月11日より、「よりそいホットライン」開始のお知らせ ─
3月11日より、「よりそいホットライン」が全国で始まりました。
被災地での取り組みを全国へ
「仕事」「心の悩み」「暴力被害」など暮らしの悩みの一括無料電話相談
“よりそいホットライン”
【フリーダイヤル】 0120-279-338 (つなぐ ささえる)
<よりそいホットラインホームページURL>
http://279338.jp/yorisoi/
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★(東京)
2012年3月13日(火)18:30~20:00@航空会館7F701・702会議室
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
☆【お知らせ】
3月11日より、「よりそいホットライン」開始のお知らせ
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■1(東京)
2012年3月16日(金)12:30~13:30(開場12:00)@衆議院第2議員会館 多目的会議室
「社会的事業所促進法案大綱」研究集会(要申込)のご案内
■2(東京)
2012年3月17日(土)14:00~16:00(開場13:30)@早稲田奉仕園リバティホール
<PARC自由学校『活動家一丁あがり!講座』卒業イベント>
シンポジウム ~大切な人を自死で亡くすということ~
■3(東京)
2012年3月30(金)15:30~18:30(開場15:00)※19:00~21:00 同会場別フロアで懇親会を行います
@在日本韓国YMCAアジア青少年センター地階「スペースYホール」
JCN設立一周年記念事業「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
■4(京都)
2012年4月15日(日)13:30~16:30@ウィングス京都2階 セミナー室AB
女性と貧困 ~ ジェンダーの視点で、当事者目線で考える!
■5【お知らせ】
刊行『大震災と子どもの貧困白書』
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■1
「社会的事業所促進法案大綱」研究集会(要申込)のご案内
皆さま
ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパンの藤木です。
BCCと重複をご容赦ください。
昨年より検討を重ねている「社会的事業所促進法案大綱」の研究集会が下記のよう
に開催されます。社会的不利を何らかの理由により負わされて就労が困難な方たち
と共に働く場への支援を整え、増やしていこうというものです。お時間が合いまし
たら、どうぞご参加ください。ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパ
ンも協賛しています。
入り口で入館証をお渡ししますので、少し早めにいらしてください。
できるだけ、下記の連絡先にお申し込みをお願いします。
【テーマ】「社会的事業所促進法案大綱」研究集会
【日時】3月16日(金)12:30~13:30 (開場12:00)
【ところ】衆議院第2議員会館 多目的会議室
プログラム
司会 安江鈴子(全国ホームレス資料センター)
柏井宏之(共生型システム研究会)
12:30 「第3の就労」の必要性 斎藤縣三(共同連事務局長)
12:40 若者ホームレスに社会的就労を 中村光男(企業組合あうん)
12:45 ニートにスローワークの場を 藤井智(NPO文化学習協同ネットワーク)
12:50 「社会的事業所促進法案大綱」の説明 堀利和(共同連代表)
13:10 意見交換
13:25 まとめ 柏井
※ 出席された衆参の議員から一言ずつご挨拶いただきます。
【主催】NPO法人共同連
【協賛】ワーカーズ・コレクティブ ネットワーク ジャパン
全国ホームレス支援ネットワーク
生活保護対策全国会議(要請中)
【連絡先】特定非営利活動法人わくわくかん
E-mail:kyoudourentokyo@gmail.com
呼び掛け文
社会的に排除された人のために社会的事業所促進法」の制定を!
今日の経済社会の状況下で、社会的不利を抱えた人が、働くことがますます困難
な状態に置かれています。かつてから重度の障害者がそうであったように、今では
引きこもり、ニートの若者を始め、アルコールや薬物依存者、シングルマザーやホ
ームレスの人、そして不況の中で生活保護受給者になった現役世代というように、
この問題は社会的広がりを見せています。
重度の障害者の場合、雇用促進法に基づく一般雇用が保障されず、したがって「
福祉的就労」に甘んじなければなりませんでした。そのように限られた選択肢しか
ない働き方を克服するため、雇用でも福祉的就労でもない第三の働き方、それが「
社会的事業所」の働き方なのです。
ヨーロッパや韓国ではすでにそのような働き方を法制化しており、イタリアでは
1991年に「社会的協同組合法」が、韓国では2007年に「社会的企業育成法」が制定
されています。日本でも、同様の法制度が必要であると考えます。
社会的に排除された人、障害者も難病者も、依存者も刑余者も、ホームレスの人も
生活保護受給者も、共働による経済的自立が求められます。社会的事業所を通じて
、ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)を達成しようとするものです。
同時に、長期失業者等の職のない人たちにも社会的事業所は有効な働く場ともなり
ます。また、ソーシャルインクルージョンの達成には様々なレベルの取り組みが必
要となりますが、この社会的事業所は、労働を通じたその達成の極めて有効な方法
です。
「社会的事業所促進法」は、いわば社会的企業の日本版で、イタリアの社会的協
同組合法のB型と、韓国の社会的企業育成法を参考にした制度設計となっています
。前者は「社会的に排除された人」、そして後者は「ぜい弱階層」を対象とし、上
記に示した人たちのことです。それを私たちの法案大綱では、「社会的不利を何ら
かの理由により負わされ、そのため、就労が困難な状態に置かれる者」と定義づけ
ました。このように社会的に排除された人が、社会の一構成員として社会に参加し
、貢献できる機会を保障することを目的としています。
一般雇用は雇用として失業対策で、また、福祉的就労は福祉的就労として福祉の
分野で、それにひきかえ、社会的事業所の持つ意味は労働政策であるとともに社会
政策でもあります。第三の働き方を新たに創設するものです。本法は認証制度に基
づき、当該事業所に対する公的、社会的支援をさまざま行います。
一日も早い、そしてこのように有効な政策が確実に法制化されるよう、心より願
います。
2012年3月 NPO法人共同連
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■2
<PARC自由学校『活動家一丁あがり!講座』卒業イベント>
シンポジウム ~大切な人を自死で亡くすということ~
自死者14年連続3万人を超えている日本。
統計では自死者一人に対して遺族は5人存在すると言われています。
しかし、自死者には生前,家族だけではなく友人も恋人も職場の人たちなど様々な人
との関わりがあったはずです。
その人たちも家族と同じ悲しみと衝撃を抱えています。
今まで、自死遺族問題は自死者の家族の中だけで語られることが多かったのですが
今回、この問題を様々な立場の人たちとみんなで一緒に考えていけたらと思います。
【日時】3月17日(土)14時~16時(開場13時半)
【会場】早稲田奉仕園リバティホール 新宿区西早稲田2-3-1
(地下鉄東西線早稲田駅徒歩5分)
http://www.hoshien.or.jp/map/map.html
【参加費】1000円
【定員】80人
プログラム
14時~14時5分 主催者挨拶 NPO法人Serenity(セレニティ)代表 自死遺族 田口まゆ
14時10分~14時40分 基調講演:宇都宮健児
(弁護士・内閣に設置された多重債務者対策本部有識者会議委員、
全国クレジット・サラ金問題対策協議会副代表幹事、反貧困ネットワーク代表)
14時40分~14時55分 休憩
14時55分~15時35分 シンポジウム 「大切な人を自死で亡くして」
シンポジスト:藤野英明(横須賀市議会議員・無所属・3期/恋人を自死で亡くす)
和泉貴士(弁護士・自死遺族支援弁護団/母親を自死で亡くす)
脇坂幸(不登校引きこもりの子どもの支援/友人を自死で亡くす)
15時35分~15時55分 質疑応答
15時55分~16時 ライブステージ 水島政行 (活動家一丁あがり!講座3期)
【申し込み要】 info@serenity-n.com
【問い合わせ】田口まゆ(NPO法人Serenity 連絡先070-6641-8748)
【主催】NPO法人Serenity(セレニティ)(自死遺族への差別偏見の問題を考えるNPOです)
新宿区若葉3-2-1 2階コミュニティオフィス・フロー
HP http://serenity-n.com/ Blog http://ameblo.jp/mira1105/
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■3
JCN設立一周年記念事業
「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
標記の件、来る3月30日(金)に「JCN設立一周年記念事業
『1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)』」として、
下記の通りご案内申し上げます。
皆様のご参加、ご協力をお願いいたします。
【お申し込み】
申込フォームからお申込みください。
http://kouikinet.jp/ej_meeting3/
【告知チラシ】
(※現在作成中です)
【登壇者等、詳細はウェブで随時お知らせします】
http://www.jpn-civil.net/news/jcn/2012/03/post_43.html
よろしくお願いいたします。
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JCN設立一周年記念事業
「1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)」のご案内
東日本大震災支援全国ネットワークでは、3月30日に「JCN設立一周年記念事
業『1年をむかえ、今後の被災者支援の在り方を考える(仮)』」を開催いたしま
す。つきましては、支援関係者の皆様、JCN参加団体(会員・協力団体)、関係機
関の方はぜひご参加くださいますようご案内いたします。
記
【目的】
JCN設立から一年がたち、被災地の復興状況も大きく変わってきています。また県
外・広域の避難という問題など、まだまだ解決しなくてはならないことが多くありま
す。今回は1周年の設立にあわせ、現地へのこれからの支援のあり方、連携のあり
方、行政との関係のあり方を考える一方で、広域避難についても考える機会としたい
と思います。この会を通じてさらなる連携の強化を図ることを目的とします。
【ご参加いただきたい方々】
JCN参加団体、ほか現地支援関係者、関係機関 等(200名程度)
【日時】平成24年3月30日(金)15:30~18:30(開場15:00)
※19:00~21:00 同会場別フロアで懇親会を行います。
【場所】在日本韓国YMCAアジア青少年センター 地階「スペースYホール」
http://www.ymcajapan.org/ayc/hotel/jp/kaigi-spaceY.html
(東京都千代田区猿楽町2-5-5)
※JR水道橋駅:徒歩5分、JR御茶ノ水駅:徒歩8分、東京メトロ神保町駅:徒歩7分
【内容】(登壇者詳細など随時更新します。)
あいさつ・基調発題 15:30~16:10(40分)
テーマ1 「被災者支援の現状とこれから(仮」16:10~17:10(60分)
テーマ2 「広域避難の現状(仮」17:20~18:20(60分)
懇 親 会 19:00~21:00(会費3000円程度を予定)
【主催】東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)
【備考】※当日マスコミ各社による取材があります。
※会場にお越しの際はなるべく公共交通機関をご利用ください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4
ウィメンズカウンセリング京都公開講座:共催 反貧困ネットワーク京都
★「女性と貧困 ~ ジェンダーの視点で、当事者目線で考える!」
ジェンダーの視点から、また女性当事者として、3人のシンポジストに徹底的に
語っていただきましょう。赤石千衣子さんには、東京での「反貧困ネットワーク」
と「しんぐるまざあず・ふぁーらむ」の活動を踏まえて、伊田久美子さんには、真
正面から「ジェンダーの視点による女性労働問題」を、丸山里美さんには、可視化
されにくい「女性ホームレス問題」について話していただきます。2人の男性コメ
ンテーターを交えての率直な討論にも、ご期待ください。
【日時】2011年4月15日(日) 13:30~16:30
【会場】ウィングス京都2階:セミナー室AB
【参加費】500円、資料代1000円(資料なしでも参加可能です)
シンポジスト 赤石千衣子(NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事、
反貧困ネットワーク代表、東日本大震災女性支援ネットワーク代表)
伊田久美子(大阪府立大学教員、女性学研究センター長)
丸山 里美(立命館大学教員、女のおしゃべり会)
コメンテーター 舟木 浩(弁護士)
矢吹 文敏(日本自立生活センター)
コーディネーター 井上摩耶子(ウィメンズカウンセリング京都)
【お問い合わせ】ウィメンズカウンセリング京都
TEL:075-222-2133
FAX:075-222-1822
★シンポのちらしを配布していただけるようでしたら、上記宛てにご連絡くだ
さい。すぐにお送りさせていただきます。よろしくお願いいたします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■5
刊行『大震災と子どもの貧困白書』
以下、出版のご案内をいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『大震災と子どもの貧困白書』
編集委員代表
湯澤直美/立教大学コミュニティ福祉学部教授・
「なくそう! 子どもの貧困」全国ネットワーク共同代表
編集委員
小野寺けい子/盛岡医療生活協同組合理事長・川久保病院小児科医師
こどもの“ふつう”を考える福祉・教育・医療の会
賀屋義郎/民主教育をすすめる宮城の会事務局長・
東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター事務局次長
丹波史紀/福島大学行政政策学類准教授・福島大学災害復興研究所
反貧困ネットワークふくしま共同代表
田中孝彦/武庫川女子大学教育研究所教授・日本臨床教育学会震災調査準備チーム
阿部 彩/国立社会保障・人口問題研究所 社会保障応用分析研究部長
B5判 364ページ 定価3150円
発行:かもがわ出版
★ご購入は以下よりお願いいたします。
最寄りの書店さん、インターネット書店、かもがわ出版ホームページ(送料無料)
http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/ta/0521.html
★集会・イベント等での販売をご希望の方は、かもがわ出版:三輪宛、お問い合わ
せください。
miwa@kamogawa.co.jp
080-4456-9529
★チラシは、こちらをご参照ください。
『大震災と子どもの貧困白書』両面チラシ(PDFファイル 947KB)
http://end-childpoverty.jp/wp-content/uploads/2012/03/hakusyo_flyer_color.pdf
『大震災と子どもの貧困白書』チラシ表面:白黒印刷用(PDFファイル 1.13MB)
http://end-childpoverty.jp/wp-content/uploads/2012/03/hakusyo_flyer_monochrome.pdf
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「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク
TEL 080-1158-3494
E-mail mail@end-childpoverty.jp
HP http://end-childpoverty.jp
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2012年3月7日水曜日
【お知らせ】内閣府参与辞任について(19:30改訂、確定版)
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内閣府参与辞任のご報告
(19:30改訂、確定版)
2012年3月7日 湯浅 誠
このたび、内閣府参与を辞任することになりましたので、ご報告します。
辞任は二度目になります。最初は2009年10月26日に任用の辞令交付を受け、2010年3月5日に辞任。
その後、同年5月10日に再任用され、今日に至りました。その間、総理大臣は鳩山由紀夫、菅直人、
野田佳彦の3氏に亘りました。また、私の直接のアドバイス先である内閣府の経済財政担当大臣も数
多くに及びましたが、経済財政担当大臣付の参与だったのは、私に声をかけた菅直人さんが当時その
任にあったからです(参与職は内閣府にしかない)。政策的には厚生労働省の所管事項が多かったで
す。
● 経緯
2010年5月に再任用されたのは、同年3月の辞任時に提案していた複合的な困難を抱えた方の生活・
就労一体型支援を、当時の鳩山総理が取り組むと決断されたからでした。それは現在、「パーソナル
・サポート・サービス(以下PS)」のモデルプロジェクトとして現在25の地域で実施されています
。また、内閣府にPS検討委員会が設置され、制度化を検討しています
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/suisinteam/、PSのHP→http://ps-service.jp/)。
それとは別に、2011年1月18日に菅総理の下に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが発足して
、その座長代理になったことから、同年4月1日から内閣官房・社会的包摂推進室長を勤めてきました
。社会的包摂は、鳩山総理が「みんなに居場所と出番を」とより平易に言い換えた理念で、社会の変
容の中で取りこぼされている人たちの参加を保障するために社会の組み換えを目指すものです。この
チームは同年8月10日に「緊急政策提言」をまとめました
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai7/gijisidai.html)。
ここまでは、再任用の際の政府との〈契約〉の範囲内だと思いますが、予期していなかった事態もあ
りました。東日本大震災の発生で2011年3月16日に内閣官房に設置された震災ボランティア連携室長
を勤めました(同年9月16日に復興対策本部(現・復興庁)に吸収)。
辞任の直接の経緯としては、以下の要因を挙げられます。
1) PSモデルプロジェクトの第三次募集が終了し、モデルプロジェクトに一定のメドが立ったこと
。PSの予算は2012年度まで確保できました。2013年度以降の設計についても、引き続きPS検討委
員会委員として関与していきます(「反貧困ネットワーク事務局長」の資格で参加)。2013年度から
は、厚生労働省が中心になって制度設計を行っていくのではないかと思います。
2) 社会的包摂推進室の「緊急政策提言」のうち、「ワンストップ相談支援事業」については第三次
補正予算通過後、厚生労働省に移管され(所管替え)、2012年3月11日からは、震災一周年を期に全
国で「寄り添いホットライン」が始まります(一般社団法人社会的包摂サポートセンターHP→
http://279338.jp/)。2012年度予算案にも所要の経費が盛り込まれました。
よって、再任用時に「課題」として設定した事項(いわば政府との〈契約〉内容)については、一
定のメドが立ったものと判断しました。
● 政府への要望
今回の辞任にあたり、最初の辞任時に書いた「内閣府参与辞職にともなう経緯説明と意見表明、今
後」(http://www.moyai.net/modules/news/article.php?storyid=244)(2010年3月5日)を読み直し
ましたが、特に修正する部分はありません。参与という立場の性格が政府との一種の契約関係であり
、政府との関係は水平的・部分的なものであること、政府の中にも外にもそれぞれの可能性と限界が
あること、官民関係はもっと頻繁に「出たり入ったり」できることが望ましいことなどについては、
今でも同じように考えています。できたことがわずかであること、できなかったことが多いことも、
「隅(コーナー)のないオセロのようなもの」という感慨も、前回同様です。「私は政権にとって外
部の人間であり、大きな方針やそれに基づく具体的な課題設定は、政府が決めるべきものです。それ
が選挙を通じて国民から国政を付託されている政府の責任でもあり、主体性でしょう。そして、その
課題について個別具体的に協力するかしないかを判断するのが、私の主体性です」とも書いていまし
た。したがって今回も、課題設定の主体性と責任を持つ政府に、これからのさらなる課題を要望して
おきたいと思います。
鳩山元総理が「みんなに居場所と出番を」と表現した「社会的包摂(Social Inclusion)」は、19
90年代以降の社会の劇的な変容の中で重要性を増していますが、政府としての取組は始まったばかり
です。社会的包摂は、個々の政策に意味付与する理念であり、ある一つの政策があれば社会的包摂、
なければ社会的包摂ではない、というものではありませんから、「何を」というのを個別政策として
具体的に名指すことはできません。イメージとしては、現状において社会参加・政治参加に支障のあ
るさまざまな立場の人たちにとって(この状態を「社会的排除」と呼ぶ)、それが可能となるような
条件づくりを多方面(給付やサービス、まちづくりなど)で行い、社会自身がユニバーサル(普遍的
)かつ多様性のある状態に変容していくことを後押しする理念だと言えます。
イギリスではブレア政権時にこの理念が強調され、推進部局として「社会的排除局」が設置されま
した。そこでは各省の個別政策で社会的包摂理念に沿うものをかき集めて「社会的包摂政策」として
まとめあげ、それを発表することで、さらなる推進を促していったそうです。同時に、ホームレス問
題や子どもの貧困問題といった社会的排除の象徴的なテーマを順番に取り上げて、数年単位でそれら
の課題に予算を重点配分していきました。その成果が、コネクションズやチルドレン・トラストなど
の子ども若者支援体制の充実と2010年に制定された「子どもの貧困対策法」でした。首相のリーダー
シップで社会的包摂理念を政府全体として盛り上げつつ、特定の課題に対する集中的取組を進めまし
た。
私が関わった社会的包摂政策は、社会的排除を受けた人々に生活支援や就労支援(生活・就労一体
型支援)を行い、生活再建・就労実現を目的とするものでした。それは「排除を生み出してしまうよ
うな社会」の本格的な組み換えを伴うものではなく、組み換えは生活・就労一体型支援を行う中で見
えてくる諸課題を社会的・政治的に提言することで、徐々に雰囲気を醸成していくべきもの、と位置
づけられています。この「控えめ」なスタンスが、「社会的包摂なんていう言葉は、ほとんど誰も知
らない」という日本の現状を反映していることは言うまでもありません。
日本とイギリスの歴史的経緯には大きく異なる点があるし、社会的包摂理念を日本で強めれば、い
まの諸課題がきれいに解決するなどということはありません。イギリスにおいても、福祉国家の挫折
とサッチャリズムの後に出てきたブレア政権の「第三の道」路線には従来の左右両派からの批判があ
ります。社会的包摂理念は新自由主義と親和的な側面もあり、福祉国家論者の中には批判的な人も少
なくありません。その意味で、社会的包摂の理念や政策には、あらゆる社会構想と同じく、限界も課
題もあります。
ただ、男性正社員片働きモデルを固定化する日本型雇用と、高齢と障害のみを社会保障の対象とし
て、子育て・教育・住宅については高い私費負担を前提にする日本型福祉社会とのセットが支配的で
、そこから排除された人々を自己責任論という名の社会的無責任論で片付けてきた日本社会において
、社会的包摂理念のもつ意義は大きいと考えています。これからの超少子高齢化・人口減少社会に対
応するためにこの理念をより強く打ち出し、より広く社会に浸透させる努力を積み重ねることは政府
の責務であり、私としてはそのことを現政権に要望しておきたいと思います。
国家戦略会議は今年半ばに最終報告書の提出が予定されていますが、そこで社会的包摂の理念が「
中間とりまとめ」以上に強調され、政府が総理を筆頭にこの課題に積極的に取り組むことを決め(そ
のためには、女性や若者の就業率の向上や家計支出の低減(子育て・教育・住宅費用の低減)、子ど
も(子育て世帯)やひとり親世帯、および日本全体の相対的貧困率の低減、に向けた数値目標の掲げ
られる必要があると思います)、そのためにまた協力を求めてもらえるのであれば、私も協力したい
と思います(社会的包摂の実態調査も2012年度に予定されています。その成果をどう生かすかも今後
の課題です)。それが、現在の野田政権であっても、また民主党の次期政権であっても、さらには民
主党以外の政権であっても、それは重要ではない。これも、前回の辞任時に書いた通りです。
* * *
基本的には以上ですが、この1年10ヶ月の再任用期間に、民主党政権自身やそれを取り巻く雰囲気
が大きく変化したことは確かなように思います。それとは別に、私自身の考えにも変化の生じた部分
があります。別々に生じながら、相互に無関係ではないこれらの全体を、整理した文章にすることは
現時点ではできませんが、いま感じていることの一端を、蛇足ながら記しておきます。長文になりま
すので、特に関心のある方のみ、お読みいただければと思います。
● PSとワンストップ相談支援事業の意図
すでに数多くの指摘がなされていますが、私も現在の状況を、大きくは、高度経済成長期以降の「
日本型雇用、日本型福祉社会の崩壊過程」と捉えています。具体的には、現役世代は家族と企業で支
え、引退世代は社会保障で支える、というモデルです。そこでは、国が企業に補助金を与えたり、企
業の福利厚生を非課税扱いにするなどして企業活動を助け、企業が男性正社員に一家全員分の生活費
を渡し、男性正社員が稼いだ生活給で妻子(場合によっては高齢者も)を養う(その代わり、子育て
・教育・住宅にかかる費用は私費負担割合が高い)というのが、「ふつう」のあり方とされてきまし
た。
そのため、男性は学校を卒業するまでは父親に養ってもらい、学校を出たら定年退職までは会社に
養ってもらい、社会保障のお世話になるのは退職後の高齢期、女性は結婚するまでは父親に養っても
らい、結婚したら夫に養ってもらい、社会保障のお世話になるのは夫の収入が途絶えた高齢期、とい
うのが「標準的なライフサイクル」とされてきました。妻子を養うに足りる収入を得られない男性は
「甲斐性なし」などとも言われました。
しかし、このような「標準的なライフサイクル」に当てはまらない人たちは高度経済成長期から存
在し、その典型が母子家庭であり、日雇い労働者でした。この人たちは国・企業・男性正社員と重な
る三つの傘の下にいなかったため、以前から「働いても不安定で貧困」なワーキングプア状態に追い
込まれていました。しかし90年代以降、国も企業も余裕なく傘を閉じていった結果として、家族の支
える力も弱っていき、傘の外で雨に濡れる個人・世帯が増えていきました。
典型的には、ホームレス状態にある人々、働きすぎでメンタルヘルスを害した労働者、就職氷河期
世代の未婚男女、親が高齢化していった障害者やひきこもりの人たち、リストラされた中高年男性と
その家族、貧困家庭に育った子どもたち、家族に支えられなくなった低年金・無年金の高齢者、親の
介護や子育て負担から十分な就労機会を持たない人たち、廃業せざるを得なかった自営業者などです
。傘の外の世界が多様化していきました。相談現場の実感としては、2000年代前半には、もう誰が相
談に来ても驚けない状態になっていました。
この人たちは、一言でいうと「日本型雇用、日本型福祉社会モデル」で対応されるはずと言われな
がら、現実には対応されていない人たちです。上記モデルにとって「想定外」の人たちだと言っても
いい(もちろん、本当はとうの昔に想定されるべきだったのですが)。
そうした傘の外の人たちが多様化し、量的にも増加していく中で、それに対応するさまざまな取組
が行われてきました。私自身は90年代半ばからホームレス問題に関与してきましたが、他にもDV被
害者問題、自殺対策、ひきこもり、フリーター・ニート、多重債務被害者、外国人労働者、障害者手
帳を持たない障害者、貧困家庭の子どもたち(高校中退などを含む)など、多様な問題が、当事者お
よびそれに気づいた人たちによって認知され、対応されてきました。
最初は問題そのものを否認していた社会も(否認のために使われた便法が自己責任論でした)、徐
々に問題の存在を認めざるを得なくなり、各分野での地道な活動が奏功し、それぞれの分野で一定の
成果が蓄積されてきました。具体的には、DV防止法(2001年)、ホームレスの自立支援法(2002年
)、自殺対策基本法(2006年)、子ども若者育成支援法(2009年)などです。2000年代は、テーマご
との取組の結果として、各分野において不十分ながらも一定の制度が構築されてきた10年間だったと
言えるかと思います。
ただ、これからの10年を展望する場合に、これらの制度が今までの延長線上で徐々に拡充されてい
く見通しがあるかというと、私は悲観的です。たとえば、ホームレス、DV、自殺といった各分野が
、高齢や障害のような形で制度化に至るかといえば、それは難しいのではないか(高齢や障害分野も
、その分野の当事者に言わせれば、まだまだ不十分にしか制度化されていないことは言うまでもあり
ません。しかし、介護保険、地域包括、障害者自立支援施策、作業所・施設に対する基盤整備の補助
金など、「何もなかった」分野に比べると、相対的に充実していることは間違いありません。もちろ
ん、しばしば言われるような「恵まれているからもっと削れ」といった含意は一切ありません)。
理由の第一は財源問題ですが、これについては、単なる財源問題としてではなく、社会の考え方の
問題として考察する必要があると思うので、まとめて後述します。理由の第二に、単純な量の問題も
あります。ホームレス、DV、自殺いずれも被害者になり得る潜在的な人数は多いですが、すでにホ
ームレス状態になった、DV被害から逃げてきた、といった人たちの対応数は、高齢や障害に比べて
多くはありません。理由の第三は、原因に遡ると重複が目立つということです。ホームレス、DV、
自殺等は結果です。そこに至る背景には失業や生活苦、さらに遡れば職場でのトラブルや生れ落ちた
家族の貧困などさまざまな要因があり、それらは相互に重なり合っています。ホームレス、DV被害
者、自殺念慮者といえば別々の人たちの問題のようですが、働き方の問題、生活苦の問題、住居の問
題、多重債務の問題などと生活課題で分ければ、どのカテゴリーの人たちも重複する複数の課題を抱
えています。アイデンティティ別で分けることには一定の必然性がありますが、アイデンティティに
かかわらず生活者として抱えている課題に着目すれば、むしろ共通点のほうが前面に浮かび上がって
きます(それでも「DVとは何か」「自殺のサインをどうキャッチするか」など、啓発事業などで取
り扱われるべき独自の領域が残ることは言うまでもありません)。
繰り返しますが、この人たちには日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」(傘の外)という共通
点があります。日本型雇用、日本型福祉社会モデルでは「生活苦に至らなかったはず」だが、現実に
は至ってしまっている人たちです(ついでに言うと、「無縁」という概念も、基本的には傘の外を指
し示す言葉です。日本における「縁」は家族(血縁)・地域(地縁)・会社(社縁)であり、それの
ない人が「無縁」ですから、その領域は基本的には傘の外と重なります)。ホームレス、DV、自殺
等々といった領域は、いわばその中の小集団(サブカテゴリー)です。私はホームレス支援を行って
きましたが、ホームレス状態にある人たちは「日本型雇用、日本型福祉社会で対応されていない人た
ち全般の中で、特に路上や公園で暮らしているという特徴に着目して括ったサブカテゴリー」という
特性をもちます。他も同様です。
とすると、これまでの各分野の蓄積が今後着々と制度化され、予算が増額されていくという見通し
が(少なくとも短期的には)立たない中で、日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」、傘の外、と
いう共通項に着目して、その全体に対応するための仕組みづくりを行っていく必要が出てきます。そ
れは「対象を限定せず、従来の制度では対応されてこなかった人たちに対応する」という形を取りま
す。なぜなら、傘の外は、何かしら名指して定義した(アイデンティファイした)とたんに、その定
義にあてはまらない人たちを生み出してしまうからです。「ひきこもり」を定義したとたんに、事実
上ひきこもり状態なのに、その定義にあてはまらない人たちが出てくる。「ホームレス」を定義した
とたんに「ネットカフェ難民」はホームレスではなくなる。定義から漏れた人たちのサブカテゴリー
を定義し、それに対応する施策を次々と打ち出すのは初期には必要なことですが、それを繰り返して
いると、施策はさらに細切れになり、制度全体は複雑化していき、ほとんど誰も全体像を理解できな
い迷路のような構築物ができあがる、となってしまうからです。
その改善を考えたとき、重大な鍵の一つは民間団体の「縦割り」問題でした。「縦割り」はふつう
行政に言われる批判で、それも問題なのですが、実は民間団体も縦割りで、両者は映し鏡のような関
係にあります。たとえば、ホームレス分野でも、DVでも自殺対策でも、保護された人がいっとき体
を休める一時避難所(シェルター)のようなものは必要で、実際にそれぞれの分野でその必要性が訴
えられています。刑余者、家族関係が煮詰まった家庭の子どもたちなど、一時避難所を必要としてい
る人たちはさらに広がります。しかし、ホームレス、DV、自殺対策分野の人たちが一緒になってシ
ェルターを建設した、国や地方自治体に申し入れたことがあるかというと、私は聞いたことがありま
せん。各分野は各分野の実情から必要性を訴えていますが、それが傘の外に共通するニーズだという
意識は、それぞれに希薄でした。すると、対応する施策も、分野ごとカテゴリーごとに積み上げられ
ていくので、現場では、ホームレス向けのシェルターはあるが、刑余者向けのシェルターはないので
、シェルターを必要とする刑余者は一晩路上で過ごして「ホームレス」となったら入所できるとか、
DV被害者用のシェルターはあるが、ホームレス女性向けのシェルターはなく、後者が事実として排
除されてしまう、といった事態が起こります。それぞれのカテゴリーが完全に独立して排他的な関係
にあれば、そうしたことも「やむを得ない」と言えるかもしれませんが、その刑余者はもともとホー
ムレス状態にあって無銭飲食を起こしてしまった人だったりするわけです。こうした不都合は、通常
「行政の縦割りの弊害」として語られますが、実はその弊害を作っているのは民間団体の縦割りでも
あるのです。
私は、解決すべき課題があるときに、それを誰かの責任にすることで自分は免責されるとする思考
が嫌いです(たいていの場合、「誰か」にも自分にも、双方にそれぞれの責任があるものです)。そ
れは真に課題を解決しようとする姿勢ではないと思う。私は基本的に民間団体の人間です。だから、
民間の人たちは、行政の縦割りの弊害を指摘する以上に、自分たちの縦割りの問題に敏感であるべき
と思います。それは、行政の縦割りの弊害を免責することを意味しません。その意味で、縦割りの弊
害打破は、行政とともに民間の課題です。そしてどちらが先にその弊害を打破できるか、競争のよう
なものだと感じています。
PSやワンストップ相談支援は、そうした問題意識の下、民間のネットワークづくりを目指して施
策化しました。ある地域において、A、B、Cという3つの団体がある。対象者は相互に重なり合う
活動をしながら、お互いに接点がなく、それぞれが行政に包括的な協議体をつくってくれと要望する
。行政が要望を聞き入れたとして、結果として生まれるのは似たような横断的協議会が3つできる、
という事態です。そこで足りないのは行政組織の横の連携であるとともに、民間団体同士の連携です
。だから「対象を限定せず、既存の制度では対応されない人たち」への対応を、PSやワンストップ
相談支援では謳っています。そして、地域のネットワークを拡大し、漏れのない面的支援が可能にな
るような官民連携型の支援体制の構築を求めています。
それぞれの事業が、その展望に対して理想的な活動ができるかといえば、各地に大量の課題があり
、言うほど簡単ではありません。しかし、こうした取組を進めていくことが、少しずつ意識と状況を
改善していくと私は考えているし、願っています。また、そうした方向に進展していかないと、次の
10年の展望がないと感じています。
税と財政の規模について
先ほど、財源の問題に触れました。端的に言って、私は税の問題をもっと簡単に考えていました。
「なんとかしようとすれば、なんとかなるはずの課題」と。参与としての2年間は、それが「なんと
もならない」ことを知った2年間でもありました。その点で「なんとかなる」と言って政権を取り、
そうはならなかった民主党と同じです。
予算は、きわめて厳しい状態にありました。最初にぶつかったのが「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則
」と言われたもので、新規の予算要求をしようと思ったら、その予算要求をする省庁が、その金額を
自分たちが所管する予算のどれかを削って捻出しないといけない、という原則です。
それに加えて、政策経費の毎年10%カットという原則もありました。法令化されて恒久的な制度にな
っているものは、その制度にしたがって、毎年一定の金額が出ていきます。年金、介護や障害関係の
諸費用、扶助費、人件費などです。それは義務的経費と言われ、それにあてはまらない単年度事業な
どが政策的経費です。各種調査費用や庁舎の一般的な運営費(庁費)なども含まれます。現在は、高
齢化の進展などによって義務的経費が増え続けているにもかかわらず、十分な税収を確保できないた
めに、政策的経費が圧迫され続けている状況です。
したがって、ただでさえ毎年10%ずつカットされている中で何か新しいことを始めようとすると、さ
らに他から政策的経費を奪ってこないといけないことになります。奪われる側からすれば「10%+新
規予算要求分の予算」が減らされることになり、当然打撃が大きいため、抵抗は大きくなります。
私が関わっている分野は、先ほど言ったように日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」の部分で
あり、これまでは何もなかったに等しい分野です。問題そのものが新しく、かつこれまで手をつけて
こられなかった課題のため、基本的に新規予算で対応する他ないのですが、何かしようとすると、必
ず既存分野との予算の競合関係が生じます。自分の関心のある分野しか見ていなかったときは「こう
いう分野にちゃんとお金がつけられていない」と「意識」や「やる気」の問題にしていましたが、た
とえやる気があっても、税と財政の規模が確保できず、義務的経費が政策的経費を圧迫し続ける状況
の下では、十分な予算措置を講じる余地がそもそもないことを思い知りました。
たしかに税の分配の優先順位を高めれば、限られた財源の中から優先的に資源配分されるようにな
りますが、すべての予算にはその先に人々の生活があり、現在の優先順位が歴史的に作られてきた政
治的・社会的力関係の反映であることを考えると、長期的にはともかく、短期的にそれを変えるのは
容易なことではありません。また、日本ほどの「小さすぎる政府」で世界一の高齢社会をやりくりし
ているような現状にあっては、どこから持ってくるにしても、取られたところで深刻な生活課題を惹
き起こす可能性が少なくありません(「既得権益!」と叫べば解決するというレベルではありません
)。総じて、弱い者同士で限られたパイを奪い合う、という結果にもなりかねません(実際、いろん
な人たちとの会話の端々に、そうした怨嗟のメッセージを感じる場面が増えてきました)。
政府の中に無駄なお金が大量にある、と思っている人は今でもたくさんいます。実際、政府の予算は
いくらでも削ることができます。公的業務をより安い価格で運営してくれる民間団体・企業にアウト
ソーシングすれば、差額は浮きます。また、医療や介護、教育の公費投入分を減らして私費負担割合
を増やせば、支出を削減できます。さらには、国の役割を外交や安全保障に狭く限定し、公共事業や
社会保障を地方自治体に引き渡せば、国の支出は大幅に削減できるでしょう。これらはすべて、国か
ら他のところ(民間団体・企業、地方自治体)にアウトソーシング&ダウンサイジング(たとえば、
一括交付金としてパッケージ化する代わりに総額を抑制する)する手法です。小泉政権下で行われた
ように、これを強引かつ強力に推し進めていけば、国の支出はさらに縮小し、財政状況は一見好転す
るでしょう。難しいことではありません。
しかし、それはいったい何のためなのでしょうか。税と財政の機能が弱くなった分は、家計(私費負
担)でカバーしなければなりません。社会保障分野のどこをとっても同じ話ができますが、たとえば
医療分野をとって話をすると、ある人が一生涯に受ける医療サービスは、皆保険制度の国でも、混合
診療が全面解禁された国でも、基本的には変わりません(混合診療が全面解禁された結果うまれる医
療格差の大きい社会のほうが公費・私費合計の医療費総額は増えるという検証結果もありますが、こ
こでは割愛します)。それが平均1000万円とすれば、税と財政による負担と給付が100万円分であれ
ば、私費による負担と給付は900万円分になる、700万円分なら300万円分になる、というだけの話で
す。かかる総額は変わりませんが、2つの点で違いが生まれます。1つは、公費1:私費9の社会では、
7:3の社会に比べて、お金のある・ないが医療サービスを受けられるかどうかの分かれ目になる。も
う1つは、1:9の社会では、7:3の社会に比べて、たまたま一生涯大きな病気なく過ごせた人の負担は
少なく、たまたま病気がちだった人の負担は大きくなる、ということです。
一般的にいって、全般的に健康で、かつお金がある人は、1:9の社会のほうが、出費も少なく、万が
一病気になっても支払うお金があるので、望ましいと感じます。他方、病気がちで、かつお金があま
りない人は、ふだんから少しずつでも出費しておいたほうが安心できて望ましいと感じます。そこは
社会の選択です。ただ実際には、人生何が起こるかわからないという不確実性は誰も回避できないの
で、社会保険が弱体化すれば、人は民間保険に入ることでリスクを分散しようとするだけです。
現状は、多くの人が皆保険制度を望ましいと感じながら、実際には混合診療を拡大する方向に進んで
いるように見えます。なぜなら、医療技術の高度化等にもかかわらず、一向に医療費の公費投入を(
高齢化に伴う自然増分以上には)増やせないので、私費負担割合を増やさないことには病院が経営で
きず、医者も働き続けることができなくなっていくからです。医療技術の高度化は、これまで生き延
びることが困難だった未熟児や難病の方たちの存命を可能にする代わり(それは本人・家族の切実な
願いです)、医療費を高騰させますから、それにもかかわらず公費投入を増やせなければ、公費:私
費の比率は、放っておいても7:3から6:4、5:5、4:6へと徐々にその比率を変化させて対応していかざ
るを得ません。高い私費負担を強いられる人たちの不満を強め、リスクを個人化する混合診療全面解
禁論の「説得性」を高める方向に世論を導いていくでしょう。いまの社会は、人々の望む方向とは逆
の方向に進んでいます。
混合診療の全面解禁については、アメリカの民間保険会社などが長らく主張しており、日本の財界も
それに呼応しています。国会議員の中にも、それを主張する人は少なくありません。よって「その連
中が悪い」と言われることがありますが、だとしたら「そうならないように、医療費の負担と給付を
増やそう」と主張しないと、筋が通りません。混合診療全面解禁は反対だが、医療費負担も反対とい
うのでは、現実は私費負担割合が増えていく方向に進まざるを得ません。両方に反対していれば病気
になる人が減る、というのでないかぎり、実際にかかる経費は変わらないからです。
そのため、混合診療全面解禁も反対だが、医療費負担増も反対だというとき、人々の矛先は「どこか
(自分ではない)他のところにお金があるはずだ」というところに向かいます。それが企業だったり
(法人税)、富裕層だったり(所得税・資産課税)、消費税だったり、政府(特別会計など)だった
り、主張する人の意向によって矛先はまちまちです。現在のところ、多くの人たちが合致できる最大
公約数が「政府に隠れたムダ金があるはずだ」という点にありますから、「まずは政府が身を削れ」
という行革路線が強くなり、それを主張する分には、国会議員もマスコミも、あまり批判にさらされ
ず安心、という状態になっています。
これは税と財政の機能を強めるために税と財政の機能を弱めている状態で、「社会保障は強化するが
、官の肥大化には使わない」という言葉で法制化されてもいます。税と財政=(①年金、医療、介護
+②その他の社会保障を含むさまざまな政策経費+③公務員等の人件費)のうち、①を維持するため
に②と③を削る、という結果です。しかし、①と②は公務員が設計・運営しています。ここを減らし
続けるということは、公務員の中に専門的な技能を持った人が減り、いわゆる官製ワーキングプアが
増え、長い歴史的蓄積と長期の展望に立った設計・運営能力が低下していくことを意味します。本当
にそれで世の中がうまく回っていくのか、私は疑問です。
私は公務員を無批判に擁護しようというのではありません。不満はないのかと言われれば、不満はあ
ります。私が擁護したいのは社会です。社会を擁護したいという視点から現在の状況を見ると、公共
サービスを設計・運営するのが公務員という当たり前のことが忘れられて、公務員批判が自己目的化
しているような危機感を抱きます。何らかの目的を擁護するための手段にすぎなかった批判が、そも
そもの目的を見失って自己目的化するとき、それをバッシングと呼びます。その意味で、現在の状況
は「公務員バッシング」だと感じています。そしてそれが擁護すべき社会を強化する行為であるかと
いえば、私は懐疑的です。私は公務員を盲目的に擁護はしませんが、盲目的な公務員批判には反対で
す。それは結局、公共サービスを劣化させてしまうからです。
そこで出てきている概念が「公共を担うのは官だけではない」という「新しい公共」です。これにつ
いてもいろいろとありますが、ここではこれ以上は深入りしません。一言だけ書いておくと、私は「
新しい公共」を盲目的には批判しませんが、「新しい公共」を盲目的に擁護するのは反対です。
話を戻します。
医療崩壊と言われて久しい現実を前にして、医療を強化すべきという意見には、大方の同意が得られ
るのではないかと思います。それはつまり、1)医療に関する税と財政をもう少し大きくすべき、と
いう主張になります(医療にビタ一文減らす余地がない、ということではありません。精神医療の入
院治療のあり方などは見直す余地が大きいと思いますが、それをやれば十分な財源が出てくるかと言
えば、そうではないと思います)。そして、では医療を充実させるために、より多くの税を拠出する
として、2)誰が拠出するのか、という論点が次に出てきます。税目の話です。
2)について、現在、消費税増税が議論され、賛成と反対で世論が二つに分かれているのは、よく知
られている通りです。しかしその前段階としての1)については、より多くの人たちの合意が取れる
のではないかと、私は感じています。つまり、世界一の高齢社会にもかかわらず、ずっと若いアメリ
カ(高齢化率は日本の半分程度)並みの社会保障給付しかない現在の日本の状況では、医療にしろ介
護にしろ、子育てにしろ教育にしろ、まともな公共サービスを整備することは無理だから、税と財政
の規模をもう少し大きくすべきだ、という意見です。
こう言うと、すぐに「じゃあ社会主義的な大きな政府にするのか」と目くじらを立てる人がいます。
第一に、日本よりも社会保障給付費のGDP比の高いヨーロッパ諸国は、すべて資本主義諸国です。
この批判はあまりにも低劣です。第二に、はるかに高齢化率の低いアメリカと同程度の社会保障支出
しかない現状を改善しようということと、北欧諸国のような大きな政府にしようということとの間に
は、大きな開きがあります。前者は、いわば「せめて小さな政府に」と言っているにすぎず、「大き
な政府」とは雲泥の差があります。私は、日本社会の歴史と現状から考えて、私や他の誰かが何を言
おうと、実際問題として日本が北欧並みの「大きな政府」になることなどないだろうと思っています
。私が言っていることは、はるかにずっと控えめです。医者が過労で倒れ、介護ヘルパーは低賃金で
どんどん辞め、低年金・無年金で生活できない人が増え、非正規が増えているにもかかわらず、まと
もなセーフティネットが生活保護以外になく、本人や家族が課題を抱え込んで煮詰まり疲弊して残念
な事件が頻発し、自殺も減らず、社会に閉塞感が蔓延している現状を少しでも変えるために、せめて
小さな政府になるくらいの税と財政規模を確保しませんか、と言っているにすぎません(もちろん、
この控えめな主張に対しても反対する人がたくさんいるのは重々承知しています)。
また「いまの政治状況で増税を認めると、消費税増税になるから、認めるべきではない」という人も
います。「せめて小さい政府」などと中途半端なものではなく、正々堂々と「大きな政府」を要求す
べきであり、その財源は消費税ではなく企業や富裕層の増税で賄うべきだ、という意見です。
これについて触れ始めると、とても長くなってしまうので、この論点についてはいずれ改めて触れた
いと思いますが、簡単にまとめておくと、1)税の原則は「あるところからもらう(応能原則)」な
ので、税目として消費税だけを考えるのは適当ではなく、所得税の累進制強化や資産課税・相続税強
化、グローバルな金融取引課税や法人課税など広く考えるべき。実際の経緯としても、法人税減税が
行われる、リーマンショックにもかかわらずグローバルな金融課税はなかなか進展しない、タックス
ヘブン(ケイマン諸島など)を経由した不正事件が日本でも相次ぐ(オリンパス、AIJ)など、国
内外において企業が強すぎ、各種租税特別措置、証券取引優遇税制など改善すべき余地が多々ある。
2)ただし、消費税を頭から否定する必要はない。日本で消費税に反対する人も消費税率の高いヨー
ロッパ諸国をモデル視するように、「徴収した税を何に使うか」が問題であり、税と財政をトータル
で考え、それによって所得再分配機能が強化されるかどうかで判断すべき。高所得者から徴収しても
、徴収分を高所得者に使うのなら所得再分配機能は強化されない。逆も同じ。3)今回の税制改革で
は社会保障改革に限定して使うなど、所得再分配機能は強化される方向。ただ、総合合算制や給付つ
き税額控除の設計がまだなされていないので、詳細は不明。その議論に積極的にコミットしていくた
めには、入口で議論を閉ざすべきではない。4)消費税を投入することでこれまで社会保障費に充て
ていた国費の一部を国債償還分に回す対応については、現役世代を含めた社会保障費に充てる分との
按分率を決めるべきとの主張を「社会保障と税一体改革集中検討会議」で行っていたが、残念ながら
力及ばなかった(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai4/yuasa.pdf、
P28~31)。5)何よりも優先されるべきは、世界一の高齢社会に見合った財源規模の確保と所得再
分配機能の強化であり、消費税をめぐる賛否よりも争点化すべき。企業は法人税がイヤ、富裕層は所
得税・資産課税がイヤ、庶民は消費税がイヤで、結局必要な税と財政の規模が確保できないのでは、
現実には、社会保障から排除され、脱落していく貧困層がさらに拡大し、孤独死・孤立死も増加して
いく。税目以前に国の財政規模を確保し、所得再分配機能を強めていく発想からは「消費税を受け入
れるから、あんたたち(富裕層や企業)ももうちょっと保険料など負担してくれ」という持っていき
方があってもいいのではないか。そちらのほうが迫力があって、状況を変える力も生まれるのではな
いか。
今のままでは「政府はどうなってもかまわないから、税を支払いたくない」という声が強く、その力
関係の変わる兆しがなく、結果として政策的経費縮小の打撃を傘の外の人たちがもっとも強く受け続
ける状態が続いてしまうことを、私は懸念しています。
● 政府との関係、社会運動の立ち位置について
この点については、すでに関連する拙文として「社会運動と政権」(岩波書店『世界』2010年6月
号)、「社会運動の立ち位置について」(同、2012年3月号)がありますので、それを前提としつつ
、少し付け加えたいと思います。
後者の文章の中で、私が「調整の次元に主体的にコミットすべき」と書いたことについて、社会運
動もより政府内部の調整過程にコミットすべき、と解釈した人たちがいたらしいことを、複数の人た
ちから聞きました。私の書き方がまずかったために、このような誤読を惹き起こしたのだろうと思う
のですが、おそらくそう解釈した人たちは、政府内部での調整過程へのコミットを称揚したはずの私
が、その直後に辞任に至った理由が理解できないだろうと思います。理解されないのは残念なことだ
し、それがまた誤読に基づくさらなる憶測を惹き起こすとしたら、あまりに生産的でないので、ここ
で釈明しつつ、私が感じている課題をさらに整理しておきたいと思います。
あたりまえですが、政府内部の調整過程にコミットできるかどうか、その人選は政府が決めるもの
であり、外部の人間が決めることはできません。したがって、コミットするかどうかの選択権は外部
にはなく、社会運動を含めた外部は受身でしかありません。端的には、声がかかるか、排除されるか
、です。そして、政府の舞台設定は政府が行うものである以上、声がかかるほうがいいかどうかは、
ケースバイケースです。望ましい方向性を打ち出すためのものであれば、声がかかるほうが望ましい
し、望ましくない方向性を打ち出すためのものであれば、声がかかっても拒否する場合もあるでしょ
うし、排除されるほうがむしろ望ましいという場合もあります。途中で「席を蹴る」といった場合も
あるでしょう。したがって、選択権のない外部(社会運動)にとって「政府内部の調整過程にコミッ
トすべき」という命題は、ほとんど意味がありません。意味のないことを、私は主張しません。
問題は、たとえば「席を蹴る」という行為を何のために行うか、です。そこには二つの可能性があ
ります。1)気に入らないから、2)席を蹴ったほうが結論を有利に導けるから。1)は席を蹴るこ
とによって結果責任を回避しています。このまま議論に付き合っていると、よからぬ結論の作成責任
を自分も負わされてしまう可能性がある。それはご免こうむる、というわけです。それは心情的には
理解できます。ただし、結論はその人が席を蹴ることによって、その人にとってより一層望ましくな
いものになる可能性があります。その結果責任は、席を蹴ったその人にあります。席を蹴らなければ
、不満足であっても一部は意見が採用されたかもしれないからです。2)はその結果責任を自覚した
振舞いです。席を蹴るというインパクトの強い振舞いをすることによって、たとえばマスコミにその
問題を取り上げさせ、それによって席を蹴らずに内部で奮闘するよりもより自分にとって有利なもの
に導こうとするものです。その際、席を蹴るという行為は、いわば社会に向けて行われており、それ
によって醸成する社会的力で政治的力関係に影響を与えようとするものです。それが成功するかどう
かは、政治的・社会的力関係の総体で決まります。社会的にマスコミの注目を引くことに成功しても
、政府が無視できる程度のものであったとすれば、結論は席を蹴らなかった場合に比べて悪くなるか
もしれません。政府が無視できないくらいに社会的力関係を形成できるとしたら、席を蹴ったことが
その人にとっては「成功」となります。そうならなかった場合、席を蹴った本人は自分を責めます。
自分の見通しが甘かったからです。
ウェーバーは、いわば1)を「心情倫理」と呼び、2)を「責任倫理」と呼びました。私はウェー
バーを引用しつつ、次のように書きました。
「利害関係者間の調整を〈政治〉と言う。この意味での〈政治〉は、社会的領域(世間、地域)に
も政治的領域(「霞ヶ関」、「永田町」)にも偏在している。(中略)政治的・社会的力関係総体に
影響を及ぼす手法には、さまざまなものがある。選挙や裁判はそのもっとも公的なものだが、政治家
や役人・官僚、審議会委員に働きかける方法もあるし、署名、陳情、デモ、座り込み、集会、マスコ
ミ対策、インターネットを通じた意見表明と拡散、など社会的な働きかけによって世論形成を図る方
法もある。これらはすべて調整=〈政治〉の一環であり、ある利害を政治的・社会的力関係総体の中
で優位に立たせたり、また劣勢を挽回するために行うものだ。(中略)その意味で、政治的・社会的
な働きかけを行う者は調整=〈政治〉の当事者である。(中略)したがって調整の当事者として、私
たちはその調整結果に対して、幾分なりとも結果責任を負う。選挙で選んだ責任、ある政策・制度を
推進または阻止できなかった責任などだ。それが民主主義システムにおける主権者としての責任であ
り、結果責任を負うのは政治家のみではない。(中略)そして、あらゆる政治的・社会的な働きかけ
は、意識的にせよ無意識的にせよ、調整の当事者として、政治的・社会的力関係の変容、およびその
力関係の反映としての政治的領域における決定への影響力行使を目指して行われる」。
「席を蹴る」のは、ある劣勢を挽回するために行うデモと同じ〈政治〉=調整です。席を蹴ったの
はあいつらが悪いからで、おれは知らない、おれにはもう責任はない、では済まない。本人が自覚し
ているかどうかに関わりなく、常にすでに調整の当事者として結果責任を負っているということ、そ
れが民主主義における主権者ということだ、と私は考えています。結果責任を消せるのは頭の中だけ
です。「席を蹴る」行為だけでなく「(声がかかったのを)拒否する」場合も同様です。もちろん、
居酒屋やブログでいろんな不満や批判をぶちまけるのも同じです。
しかし、居酒屋やブログで不満や批判をぶちまける人、デモや集会を行う人たちの中には、それが
奏功しなかった場合の結果責任の自覚がない人(調整当事者としての自覚がない人、主権者としての
自覚がない人)がいます。それらの行為がよりよい結果をもたらさなかったのは、聞き入れなかった
政府が悪いからだ、で済ましてしまう人です。その人が忘れているのは、1億2千万人の人口の中には
、自分と反対の意見を持っている人もいて、政府はその人の税金も使っている、という単純な事実で
す。相互に対立する意見の両方を100%聞き入れることは、政府でなくても、誰でもできません。し
かしどちらも主権者である以上、結局どちらの意見をどれくらい容れるかは、両者の力関係で決まり
ます。世の中には多様な意見がありますから、それは結局「政治的・社会的力関係総体」で決まるこ
とになります。だから、自分たちの意見をより政治的・社会的力関係総体に浸透させることに成功し
たほうが、同じ玉虫色の結論であっても、より自分たちの意見に近い結論を導き出すことができます
。
しかし、聞き入れなかった政府が悪いからだ、で済ましてしまうと、自分たちの意見をより政治的
・社会的力関係総体に浸透させるために不足しているものは何か、どうして自分たちの意見は十分に
広がらないのか、どんな工夫が足りないのか、という問題意識が出てきません。それは社会運動にと
って、とても残念なことだと私は思っています(それは、よくある「独善的」との批判に根拠を与え
てしまいます)。そして、政治的シニシズムが「強いリーダーシップ」によって政治的に活性化され
た現在、社会運動はますますそのことを強く意識する必要があるのではないか、というのが私の趣旨
でした。だから、「政府の外でやってないで、政府内部の調整過程にコミットしよう」などという話
ではありません。そもそも、もしそうだとしたら、社会運動を見切っているわけで、「社会運動の立
ち位置」などという文章を書く動機が私自身に存在しません。
実際には、社会的にも政治的にも利害関係は複雑で錯綜しており、アテにしていた反応・反響が得
られないことはしばしばあります。すべてを計算し尽くして行動することは不可能です。「やってみ
ないとわからない」のが現実であり、何らかの行動を選択した後に、それに見合う反応・反響を確保
すべく奔走するのが普通だと思います。一定レベルのインパクトを狙っている場合に、それを事前に
言ってしまうとインパクトが削がれてしまうので、真の狙いは当面言わず、タイミングを見計らうと
いう判断もありえます。こうした細々した判断と行動の積み重ねによって政治的・社会的力関係総体
への働きかけを行うわけですが、重要なことは、結果としてうまくいかないことはあり、その責めは
、いろんな反応・反響を予期し切れなかった自分のシュミレーション不足だと考える必要がある、とい
うことです。それを「相手が悪かった」または「想定外」と無反省に切り捨ててしまったら、今後に
向けた教訓は出てこず、進歩もない。それは、原発事故をめぐる一連の政府・東電の反応から私たち
が学び取るべきものでもあると思います。
こうした考え方は、自己責任論的に聞こえるかもしれません。社会運動の自己責任論です。たしか
にそうです。そもそも、私が巷の自己責任論にもっとも不満だったのは、それが社会の構成員として
の、市民としての、主権者としての自覚を伴わない物言いだという点にありました。誰かを排除する
社会に住みながら、自分もその構成員の一人でありながら、その自己に対する責任の自覚なく、自分
とは関係ない誰か、とりわけ排除を受けている誰かの責任に帰して、自分は無関係だと考えるその無
責任さに腹が立っていました。その意味で、いわゆる自己責任論は社会的無責任論であり、私が「貧
困は自己責任ではない」という言葉で訴えていたのは、「本人の人生には一点の曇りもありません」
ということではなく、「貧困は社会的無責任論では解決しない」ということでした。その意味では、
私は巷に流通している、自分の無責任さを正当化する理屈としての自己責任論者とは異なる意味での
自己責任論者と言えるかもしれません。それが、どんなに嫌がっても主権者から降りられない民主主
義というシステムなのだと思います。
私の推測が間違っているかもしれませんが、今の社会に欠けているのは、少なからぬ人たちがその
ように振舞って、それぞれができる範囲で、政治的・社会的力関係総体への働きかけを行っていると
いう信頼感ではないか、と感じています。私がこの2年間で発見したのは、官僚の中にも、私と同じ
ような方向性を目指しながら働きかけを行っている人たちがたくさんいる、ということでした。その
人たちはテレビや新聞で原則論をぶったりはしません。錯綜する利害関係の中で説明・説得・調整・
妥協を繰り返しています。決定権をもたない組織の一員として、言いたいことを声高に言うことなく
、しかし結論が「言いたいこと」になるべく近づくように奮闘しています。ところが、外側の私たち
は、そうした内部の奮闘の結果として最後に出てきた結論が情報に接する最初になるので、そこから
評価が始まり、交渉が始まります。批判の矛先が奮闘した当の本人に向くこともしばしばです。
Aという担当者がいて、ある事柄をなんとかしたいと発案し、提起する。課内から局、局から省、省
から政府と持ち上がる過程でさまざまな修正が入り、結論としての政策が出来上がる。しかし、もと
もと同じ方向性の主張を掲げていた人たちが、その結論を原則的な立場から頭ごなしに批判し、説明
者でもある担当者をなじる。この過程が何度となく繰り返されていけば、少なくとも私だったらだん
だんと気持ちが萎えていきます。
原則的な立場は大事です。問題は、原則的なことを言っていれば原則的なことが実現するわけではな
い、という点にあります。「ぶれずにある立場を堅持していれば、いずれ理解される」と言って、30
年40年と同じことを言い続けている人がいます。しかし、言い続けてきた30年分40年分、世の中が言
っていることに近づいてきているかというと、必ずしもそうでないという場合があります。世の中に
は、反対の立場から30年40年原則的なことを言い続けている人もいるからです。その際の問題点は「
原則的な立場を堅持するかどうか」ではなく、「原則的な立場に現実を少しでも近づけるための、言
い方ややり方の工夫をする必要がある」という点にあります。工夫が足りないことの結果として自分
の見解が広く理解されなかったことの結果責任の自覚なく、「聞き入れないあいつらがわかってない
」と言っているだけでは、さらに多くの人たちから相手にされなくなっていくだけで、その逆にはな
らないでしょう。
あたりまえのことしか言っていないと思うのですが、実際にはそのあたりまえが通用しない局面が
あります。現実的な工夫よりは、より原則的に、より非妥協的に、より威勢よく、より先鋭的に、よ
り思い切った主張が、社会運動内部でも世間一般でも喝采を集めることがあります。そうなると、政
治的・社会的力関係総体への地道な働きかけは、見えにくく、複雑でわかりにくいという理由から批
判の対象とされます。見えにくく、複雑でわかりにくいのは、世の利害関係が多様で複雑だからなの
であって、単純なものを複雑に見せているわけではなく、複雑だから複雑にしか処理できないにすぎ
ないのですが、そのことに対する社会の想像力が低下していっているのではないかと感じます。
テレビや新聞の断片的な情報と、それを受け取った際の印象で自分の判断を形成し、それがきわめ
て不十分な情報だけに依拠したとりあえずの判断でしかないという自覚がなく、各種の専門家の意見
に謙虚に耳を傾けることもなく、自分と異なる意見に対して攻撃的に反応する。ツイッターでもブロ
グでも、テレビのコメンテーターから中央・地方の政治家から、そして社会運動の中にも、このよう
な態度が蔓延しており、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化される状態、他
者をこきおろす者が、それが強ければ強いほど高く評価されるような状態、より過激なバッシングへ
の競争状態です。
容易に転換しそうにないこの風潮をどうすれば変えることができるのか、私にはまだよくわかりま
せん。ただ少なくとも、このような局面で社会運動が採るべき方向性は、バッシング競争で負けない
ためにより気の利いたワンフレーズを探すことではなく、許容量を広く取って理解と共感を広げてい
くために、相手に反応して自分を変化させ続けていくこと、政治的・社会的な調整と交渉に主体的に
コミットすること、そして自分という存在の社会性により磨きをかけていくことではないかと思いま
す。それが、私の考える「社会運動の立ち位置」です。
この2年間、私はそれまで知らなかった世界を垣間見てきました。政策的に十分な成果を挙げられ
たかといえば、そうは言えないと思うので、政策的な働きかけはこれからも継続していきますが、個
人的な経験としては、2年間で学んだものは非常に大きかったと感じています。これから民間の立場
に戻りますが(参与職は非常勤国家公務員ですから、この間も半分は民間の立場で活動していました
が)、この2年間の経験を「なかったこと」にはできませんので、これからもこの経験を踏まえて、
政治的・社会的力関係総体への働きかけを続けていきたいと思います。
末尾になりましたが、この2年間、さまざまなことをご教示くださった方々に、深くお礼申し上げ
ます。ありがとうございました。
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内閣府参与辞任のご報告
(19:30改訂、確定版)
2012年3月7日 湯浅 誠
このたび、内閣府参与を辞任することになりましたので、ご報告します。
辞任は二度目になります。最初は2009年10月26日に任用の辞令交付を受け、2010年3月5日に辞任。
その後、同年5月10日に再任用され、今日に至りました。その間、総理大臣は鳩山由紀夫、菅直人、
野田佳彦の3氏に亘りました。また、私の直接のアドバイス先である内閣府の経済財政担当大臣も数
多くに及びましたが、経済財政担当大臣付の参与だったのは、私に声をかけた菅直人さんが当時その
任にあったからです(参与職は内閣府にしかない)。政策的には厚生労働省の所管事項が多かったで
す。
● 経緯
2010年5月に再任用されたのは、同年3月の辞任時に提案していた複合的な困難を抱えた方の生活・
就労一体型支援を、当時の鳩山総理が取り組むと決断されたからでした。それは現在、「パーソナル
・サポート・サービス(以下PS)」のモデルプロジェクトとして現在25の地域で実施されています
。また、内閣府にPS検討委員会が設置され、制度化を検討しています
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/suisinteam/、PSのHP→http://ps-service.jp/)。
それとは別に、2011年1月18日に菅総理の下に「一人ひとりを包摂する社会」特命チームが発足して
、その座長代理になったことから、同年4月1日から内閣官房・社会的包摂推進室長を勤めてきました
。社会的包摂は、鳩山総理が「みんなに居場所と出番を」とより平易に言い換えた理念で、社会の変
容の中で取りこぼされている人たちの参加を保障するために社会の組み換えを目指すものです。この
チームは同年8月10日に「緊急政策提言」をまとめました
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai7/gijisidai.html)。
ここまでは、再任用の際の政府との〈契約〉の範囲内だと思いますが、予期していなかった事態もあ
りました。東日本大震災の発生で2011年3月16日に内閣官房に設置された震災ボランティア連携室長
を勤めました(同年9月16日に復興対策本部(現・復興庁)に吸収)。
辞任の直接の経緯としては、以下の要因を挙げられます。
1) PSモデルプロジェクトの第三次募集が終了し、モデルプロジェクトに一定のメドが立ったこと
。PSの予算は2012年度まで確保できました。2013年度以降の設計についても、引き続きPS検討委
員会委員として関与していきます(「反貧困ネットワーク事務局長」の資格で参加)。2013年度から
は、厚生労働省が中心になって制度設計を行っていくのではないかと思います。
2) 社会的包摂推進室の「緊急政策提言」のうち、「ワンストップ相談支援事業」については第三次
補正予算通過後、厚生労働省に移管され(所管替え)、2012年3月11日からは、震災一周年を期に全
国で「寄り添いホットライン」が始まります(一般社団法人社会的包摂サポートセンターHP→
http://279338.jp/)。2012年度予算案にも所要の経費が盛り込まれました。
よって、再任用時に「課題」として設定した事項(いわば政府との〈契約〉内容)については、一
定のメドが立ったものと判断しました。
● 政府への要望
今回の辞任にあたり、最初の辞任時に書いた「内閣府参与辞職にともなう経緯説明と意見表明、今
後」(http://www.moyai.net/modules/news/article.php?storyid=244)(2010年3月5日)を読み直し
ましたが、特に修正する部分はありません。参与という立場の性格が政府との一種の契約関係であり
、政府との関係は水平的・部分的なものであること、政府の中にも外にもそれぞれの可能性と限界が
あること、官民関係はもっと頻繁に「出たり入ったり」できることが望ましいことなどについては、
今でも同じように考えています。できたことがわずかであること、できなかったことが多いことも、
「隅(コーナー)のないオセロのようなもの」という感慨も、前回同様です。「私は政権にとって外
部の人間であり、大きな方針やそれに基づく具体的な課題設定は、政府が決めるべきものです。それ
が選挙を通じて国民から国政を付託されている政府の責任でもあり、主体性でしょう。そして、その
課題について個別具体的に協力するかしないかを判断するのが、私の主体性です」とも書いていまし
た。したがって今回も、課題設定の主体性と責任を持つ政府に、これからのさらなる課題を要望して
おきたいと思います。
鳩山元総理が「みんなに居場所と出番を」と表現した「社会的包摂(Social Inclusion)」は、19
90年代以降の社会の劇的な変容の中で重要性を増していますが、政府としての取組は始まったばかり
です。社会的包摂は、個々の政策に意味付与する理念であり、ある一つの政策があれば社会的包摂、
なければ社会的包摂ではない、というものではありませんから、「何を」というのを個別政策として
具体的に名指すことはできません。イメージとしては、現状において社会参加・政治参加に支障のあ
るさまざまな立場の人たちにとって(この状態を「社会的排除」と呼ぶ)、それが可能となるような
条件づくりを多方面(給付やサービス、まちづくりなど)で行い、社会自身がユニバーサル(普遍的
)かつ多様性のある状態に変容していくことを後押しする理念だと言えます。
イギリスではブレア政権時にこの理念が強調され、推進部局として「社会的排除局」が設置されま
した。そこでは各省の個別政策で社会的包摂理念に沿うものをかき集めて「社会的包摂政策」として
まとめあげ、それを発表することで、さらなる推進を促していったそうです。同時に、ホームレス問
題や子どもの貧困問題といった社会的排除の象徴的なテーマを順番に取り上げて、数年単位でそれら
の課題に予算を重点配分していきました。その成果が、コネクションズやチルドレン・トラストなど
の子ども若者支援体制の充実と2010年に制定された「子どもの貧困対策法」でした。首相のリーダー
シップで社会的包摂理念を政府全体として盛り上げつつ、特定の課題に対する集中的取組を進めまし
た。
私が関わった社会的包摂政策は、社会的排除を受けた人々に生活支援や就労支援(生活・就労一体
型支援)を行い、生活再建・就労実現を目的とするものでした。それは「排除を生み出してしまうよ
うな社会」の本格的な組み換えを伴うものではなく、組み換えは生活・就労一体型支援を行う中で見
えてくる諸課題を社会的・政治的に提言することで、徐々に雰囲気を醸成していくべきもの、と位置
づけられています。この「控えめ」なスタンスが、「社会的包摂なんていう言葉は、ほとんど誰も知
らない」という日本の現状を反映していることは言うまでもありません。
日本とイギリスの歴史的経緯には大きく異なる点があるし、社会的包摂理念を日本で強めれば、い
まの諸課題がきれいに解決するなどということはありません。イギリスにおいても、福祉国家の挫折
とサッチャリズムの後に出てきたブレア政権の「第三の道」路線には従来の左右両派からの批判があ
ります。社会的包摂理念は新自由主義と親和的な側面もあり、福祉国家論者の中には批判的な人も少
なくありません。その意味で、社会的包摂の理念や政策には、あらゆる社会構想と同じく、限界も課
題もあります。
ただ、男性正社員片働きモデルを固定化する日本型雇用と、高齢と障害のみを社会保障の対象とし
て、子育て・教育・住宅については高い私費負担を前提にする日本型福祉社会とのセットが支配的で
、そこから排除された人々を自己責任論という名の社会的無責任論で片付けてきた日本社会において
、社会的包摂理念のもつ意義は大きいと考えています。これからの超少子高齢化・人口減少社会に対
応するためにこの理念をより強く打ち出し、より広く社会に浸透させる努力を積み重ねることは政府
の責務であり、私としてはそのことを現政権に要望しておきたいと思います。
国家戦略会議は今年半ばに最終報告書の提出が予定されていますが、そこで社会的包摂の理念が「
中間とりまとめ」以上に強調され、政府が総理を筆頭にこの課題に積極的に取り組むことを決め(そ
のためには、女性や若者の就業率の向上や家計支出の低減(子育て・教育・住宅費用の低減)、子ど
も(子育て世帯)やひとり親世帯、および日本全体の相対的貧困率の低減、に向けた数値目標の掲げ
られる必要があると思います)、そのためにまた協力を求めてもらえるのであれば、私も協力したい
と思います(社会的包摂の実態調査も2012年度に予定されています。その成果をどう生かすかも今後
の課題です)。それが、現在の野田政権であっても、また民主党の次期政権であっても、さらには民
主党以外の政権であっても、それは重要ではない。これも、前回の辞任時に書いた通りです。
* * *
基本的には以上ですが、この1年10ヶ月の再任用期間に、民主党政権自身やそれを取り巻く雰囲気
が大きく変化したことは確かなように思います。それとは別に、私自身の考えにも変化の生じた部分
があります。別々に生じながら、相互に無関係ではないこれらの全体を、整理した文章にすることは
現時点ではできませんが、いま感じていることの一端を、蛇足ながら記しておきます。長文になりま
すので、特に関心のある方のみ、お読みいただければと思います。
● PSとワンストップ相談支援事業の意図
すでに数多くの指摘がなされていますが、私も現在の状況を、大きくは、高度経済成長期以降の「
日本型雇用、日本型福祉社会の崩壊過程」と捉えています。具体的には、現役世代は家族と企業で支
え、引退世代は社会保障で支える、というモデルです。そこでは、国が企業に補助金を与えたり、企
業の福利厚生を非課税扱いにするなどして企業活動を助け、企業が男性正社員に一家全員分の生活費
を渡し、男性正社員が稼いだ生活給で妻子(場合によっては高齢者も)を養う(その代わり、子育て
・教育・住宅にかかる費用は私費負担割合が高い)というのが、「ふつう」のあり方とされてきまし
た。
そのため、男性は学校を卒業するまでは父親に養ってもらい、学校を出たら定年退職までは会社に
養ってもらい、社会保障のお世話になるのは退職後の高齢期、女性は結婚するまでは父親に養っても
らい、結婚したら夫に養ってもらい、社会保障のお世話になるのは夫の収入が途絶えた高齢期、とい
うのが「標準的なライフサイクル」とされてきました。妻子を養うに足りる収入を得られない男性は
「甲斐性なし」などとも言われました。
しかし、このような「標準的なライフサイクル」に当てはまらない人たちは高度経済成長期から存
在し、その典型が母子家庭であり、日雇い労働者でした。この人たちは国・企業・男性正社員と重な
る三つの傘の下にいなかったため、以前から「働いても不安定で貧困」なワーキングプア状態に追い
込まれていました。しかし90年代以降、国も企業も余裕なく傘を閉じていった結果として、家族の支
える力も弱っていき、傘の外で雨に濡れる個人・世帯が増えていきました。
典型的には、ホームレス状態にある人々、働きすぎでメンタルヘルスを害した労働者、就職氷河期
世代の未婚男女、親が高齢化していった障害者やひきこもりの人たち、リストラされた中高年男性と
その家族、貧困家庭に育った子どもたち、家族に支えられなくなった低年金・無年金の高齢者、親の
介護や子育て負担から十分な就労機会を持たない人たち、廃業せざるを得なかった自営業者などです
。傘の外の世界が多様化していきました。相談現場の実感としては、2000年代前半には、もう誰が相
談に来ても驚けない状態になっていました。
この人たちは、一言でいうと「日本型雇用、日本型福祉社会モデル」で対応されるはずと言われな
がら、現実には対応されていない人たちです。上記モデルにとって「想定外」の人たちだと言っても
いい(もちろん、本当はとうの昔に想定されるべきだったのですが)。
そうした傘の外の人たちが多様化し、量的にも増加していく中で、それに対応するさまざまな取組
が行われてきました。私自身は90年代半ばからホームレス問題に関与してきましたが、他にもDV被
害者問題、自殺対策、ひきこもり、フリーター・ニート、多重債務被害者、外国人労働者、障害者手
帳を持たない障害者、貧困家庭の子どもたち(高校中退などを含む)など、多様な問題が、当事者お
よびそれに気づいた人たちによって認知され、対応されてきました。
最初は問題そのものを否認していた社会も(否認のために使われた便法が自己責任論でした)、徐
々に問題の存在を認めざるを得なくなり、各分野での地道な活動が奏功し、それぞれの分野で一定の
成果が蓄積されてきました。具体的には、DV防止法(2001年)、ホームレスの自立支援法(2002年
)、自殺対策基本法(2006年)、子ども若者育成支援法(2009年)などです。2000年代は、テーマご
との取組の結果として、各分野において不十分ながらも一定の制度が構築されてきた10年間だったと
言えるかと思います。
ただ、これからの10年を展望する場合に、これらの制度が今までの延長線上で徐々に拡充されてい
く見通しがあるかというと、私は悲観的です。たとえば、ホームレス、DV、自殺といった各分野が
、高齢や障害のような形で制度化に至るかといえば、それは難しいのではないか(高齢や障害分野も
、その分野の当事者に言わせれば、まだまだ不十分にしか制度化されていないことは言うまでもあり
ません。しかし、介護保険、地域包括、障害者自立支援施策、作業所・施設に対する基盤整備の補助
金など、「何もなかった」分野に比べると、相対的に充実していることは間違いありません。もちろ
ん、しばしば言われるような「恵まれているからもっと削れ」といった含意は一切ありません)。
理由の第一は財源問題ですが、これについては、単なる財源問題としてではなく、社会の考え方の
問題として考察する必要があると思うので、まとめて後述します。理由の第二に、単純な量の問題も
あります。ホームレス、DV、自殺いずれも被害者になり得る潜在的な人数は多いですが、すでにホ
ームレス状態になった、DV被害から逃げてきた、といった人たちの対応数は、高齢や障害に比べて
多くはありません。理由の第三は、原因に遡ると重複が目立つということです。ホームレス、DV、
自殺等は結果です。そこに至る背景には失業や生活苦、さらに遡れば職場でのトラブルや生れ落ちた
家族の貧困などさまざまな要因があり、それらは相互に重なり合っています。ホームレス、DV被害
者、自殺念慮者といえば別々の人たちの問題のようですが、働き方の問題、生活苦の問題、住居の問
題、多重債務の問題などと生活課題で分ければ、どのカテゴリーの人たちも重複する複数の課題を抱
えています。アイデンティティ別で分けることには一定の必然性がありますが、アイデンティティに
かかわらず生活者として抱えている課題に着目すれば、むしろ共通点のほうが前面に浮かび上がって
きます(それでも「DVとは何か」「自殺のサインをどうキャッチするか」など、啓発事業などで取
り扱われるべき独自の領域が残ることは言うまでもありません)。
繰り返しますが、この人たちには日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」(傘の外)という共通
点があります。日本型雇用、日本型福祉社会モデルでは「生活苦に至らなかったはず」だが、現実に
は至ってしまっている人たちです(ついでに言うと、「無縁」という概念も、基本的には傘の外を指
し示す言葉です。日本における「縁」は家族(血縁)・地域(地縁)・会社(社縁)であり、それの
ない人が「無縁」ですから、その領域は基本的には傘の外と重なります)。ホームレス、DV、自殺
等々といった領域は、いわばその中の小集団(サブカテゴリー)です。私はホームレス支援を行って
きましたが、ホームレス状態にある人たちは「日本型雇用、日本型福祉社会で対応されていない人た
ち全般の中で、特に路上や公園で暮らしているという特徴に着目して括ったサブカテゴリー」という
特性をもちます。他も同様です。
とすると、これまでの各分野の蓄積が今後着々と制度化され、予算が増額されていくという見通し
が(少なくとも短期的には)立たない中で、日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」、傘の外、と
いう共通項に着目して、その全体に対応するための仕組みづくりを行っていく必要が出てきます。そ
れは「対象を限定せず、従来の制度では対応されてこなかった人たちに対応する」という形を取りま
す。なぜなら、傘の外は、何かしら名指して定義した(アイデンティファイした)とたんに、その定
義にあてはまらない人たちを生み出してしまうからです。「ひきこもり」を定義したとたんに、事実
上ひきこもり状態なのに、その定義にあてはまらない人たちが出てくる。「ホームレス」を定義した
とたんに「ネットカフェ難民」はホームレスではなくなる。定義から漏れた人たちのサブカテゴリー
を定義し、それに対応する施策を次々と打ち出すのは初期には必要なことですが、それを繰り返して
いると、施策はさらに細切れになり、制度全体は複雑化していき、ほとんど誰も全体像を理解できな
い迷路のような構築物ができあがる、となってしまうからです。
その改善を考えたとき、重大な鍵の一つは民間団体の「縦割り」問題でした。「縦割り」はふつう
行政に言われる批判で、それも問題なのですが、実は民間団体も縦割りで、両者は映し鏡のような関
係にあります。たとえば、ホームレス分野でも、DVでも自殺対策でも、保護された人がいっとき体
を休める一時避難所(シェルター)のようなものは必要で、実際にそれぞれの分野でその必要性が訴
えられています。刑余者、家族関係が煮詰まった家庭の子どもたちなど、一時避難所を必要としてい
る人たちはさらに広がります。しかし、ホームレス、DV、自殺対策分野の人たちが一緒になってシ
ェルターを建設した、国や地方自治体に申し入れたことがあるかというと、私は聞いたことがありま
せん。各分野は各分野の実情から必要性を訴えていますが、それが傘の外に共通するニーズだという
意識は、それぞれに希薄でした。すると、対応する施策も、分野ごとカテゴリーごとに積み上げられ
ていくので、現場では、ホームレス向けのシェルターはあるが、刑余者向けのシェルターはないので
、シェルターを必要とする刑余者は一晩路上で過ごして「ホームレス」となったら入所できるとか、
DV被害者用のシェルターはあるが、ホームレス女性向けのシェルターはなく、後者が事実として排
除されてしまう、といった事態が起こります。それぞれのカテゴリーが完全に独立して排他的な関係
にあれば、そうしたことも「やむを得ない」と言えるかもしれませんが、その刑余者はもともとホー
ムレス状態にあって無銭飲食を起こしてしまった人だったりするわけです。こうした不都合は、通常
「行政の縦割りの弊害」として語られますが、実はその弊害を作っているのは民間団体の縦割りでも
あるのです。
私は、解決すべき課題があるときに、それを誰かの責任にすることで自分は免責されるとする思考
が嫌いです(たいていの場合、「誰か」にも自分にも、双方にそれぞれの責任があるものです)。そ
れは真に課題を解決しようとする姿勢ではないと思う。私は基本的に民間団体の人間です。だから、
民間の人たちは、行政の縦割りの弊害を指摘する以上に、自分たちの縦割りの問題に敏感であるべき
と思います。それは、行政の縦割りの弊害を免責することを意味しません。その意味で、縦割りの弊
害打破は、行政とともに民間の課題です。そしてどちらが先にその弊害を打破できるか、競争のよう
なものだと感じています。
PSやワンストップ相談支援は、そうした問題意識の下、民間のネットワークづくりを目指して施
策化しました。ある地域において、A、B、Cという3つの団体がある。対象者は相互に重なり合う
活動をしながら、お互いに接点がなく、それぞれが行政に包括的な協議体をつくってくれと要望する
。行政が要望を聞き入れたとして、結果として生まれるのは似たような横断的協議会が3つできる、
という事態です。そこで足りないのは行政組織の横の連携であるとともに、民間団体同士の連携です
。だから「対象を限定せず、既存の制度では対応されない人たち」への対応を、PSやワンストップ
相談支援では謳っています。そして、地域のネットワークを拡大し、漏れのない面的支援が可能にな
るような官民連携型の支援体制の構築を求めています。
それぞれの事業が、その展望に対して理想的な活動ができるかといえば、各地に大量の課題があり
、言うほど簡単ではありません。しかし、こうした取組を進めていくことが、少しずつ意識と状況を
改善していくと私は考えているし、願っています。また、そうした方向に進展していかないと、次の
10年の展望がないと感じています。
税と財政の規模について
先ほど、財源の問題に触れました。端的に言って、私は税の問題をもっと簡単に考えていました。
「なんとかしようとすれば、なんとかなるはずの課題」と。参与としての2年間は、それが「なんと
もならない」ことを知った2年間でもありました。その点で「なんとかなる」と言って政権を取り、
そうはならなかった民主党と同じです。
予算は、きわめて厳しい状態にありました。最初にぶつかったのが「ペイ・アズ・ユー・ゴー原則
」と言われたもので、新規の予算要求をしようと思ったら、その予算要求をする省庁が、その金額を
自分たちが所管する予算のどれかを削って捻出しないといけない、という原則です。
それに加えて、政策経費の毎年10%カットという原則もありました。法令化されて恒久的な制度にな
っているものは、その制度にしたがって、毎年一定の金額が出ていきます。年金、介護や障害関係の
諸費用、扶助費、人件費などです。それは義務的経費と言われ、それにあてはまらない単年度事業な
どが政策的経費です。各種調査費用や庁舎の一般的な運営費(庁費)なども含まれます。現在は、高
齢化の進展などによって義務的経費が増え続けているにもかかわらず、十分な税収を確保できないた
めに、政策的経費が圧迫され続けている状況です。
したがって、ただでさえ毎年10%ずつカットされている中で何か新しいことを始めようとすると、さ
らに他から政策的経費を奪ってこないといけないことになります。奪われる側からすれば「10%+新
規予算要求分の予算」が減らされることになり、当然打撃が大きいため、抵抗は大きくなります。
私が関わっている分野は、先ほど言ったように日本型雇用、日本型福祉社会の「想定外」の部分で
あり、これまでは何もなかったに等しい分野です。問題そのものが新しく、かつこれまで手をつけて
こられなかった課題のため、基本的に新規予算で対応する他ないのですが、何かしようとすると、必
ず既存分野との予算の競合関係が生じます。自分の関心のある分野しか見ていなかったときは「こう
いう分野にちゃんとお金がつけられていない」と「意識」や「やる気」の問題にしていましたが、た
とえやる気があっても、税と財政の規模が確保できず、義務的経費が政策的経費を圧迫し続ける状況
の下では、十分な予算措置を講じる余地がそもそもないことを思い知りました。
たしかに税の分配の優先順位を高めれば、限られた財源の中から優先的に資源配分されるようにな
りますが、すべての予算にはその先に人々の生活があり、現在の優先順位が歴史的に作られてきた政
治的・社会的力関係の反映であることを考えると、長期的にはともかく、短期的にそれを変えるのは
容易なことではありません。また、日本ほどの「小さすぎる政府」で世界一の高齢社会をやりくりし
ているような現状にあっては、どこから持ってくるにしても、取られたところで深刻な生活課題を惹
き起こす可能性が少なくありません(「既得権益!」と叫べば解決するというレベルではありません
)。総じて、弱い者同士で限られたパイを奪い合う、という結果にもなりかねません(実際、いろん
な人たちとの会話の端々に、そうした怨嗟のメッセージを感じる場面が増えてきました)。
政府の中に無駄なお金が大量にある、と思っている人は今でもたくさんいます。実際、政府の予算は
いくらでも削ることができます。公的業務をより安い価格で運営してくれる民間団体・企業にアウト
ソーシングすれば、差額は浮きます。また、医療や介護、教育の公費投入分を減らして私費負担割合
を増やせば、支出を削減できます。さらには、国の役割を外交や安全保障に狭く限定し、公共事業や
社会保障を地方自治体に引き渡せば、国の支出は大幅に削減できるでしょう。これらはすべて、国か
ら他のところ(民間団体・企業、地方自治体)にアウトソーシング&ダウンサイジング(たとえば、
一括交付金としてパッケージ化する代わりに総額を抑制する)する手法です。小泉政権下で行われた
ように、これを強引かつ強力に推し進めていけば、国の支出はさらに縮小し、財政状況は一見好転す
るでしょう。難しいことではありません。
しかし、それはいったい何のためなのでしょうか。税と財政の機能が弱くなった分は、家計(私費負
担)でカバーしなければなりません。社会保障分野のどこをとっても同じ話ができますが、たとえば
医療分野をとって話をすると、ある人が一生涯に受ける医療サービスは、皆保険制度の国でも、混合
診療が全面解禁された国でも、基本的には変わりません(混合診療が全面解禁された結果うまれる医
療格差の大きい社会のほうが公費・私費合計の医療費総額は増えるという検証結果もありますが、こ
こでは割愛します)。それが平均1000万円とすれば、税と財政による負担と給付が100万円分であれ
ば、私費による負担と給付は900万円分になる、700万円分なら300万円分になる、というだけの話で
す。かかる総額は変わりませんが、2つの点で違いが生まれます。1つは、公費1:私費9の社会では、
7:3の社会に比べて、お金のある・ないが医療サービスを受けられるかどうかの分かれ目になる。も
う1つは、1:9の社会では、7:3の社会に比べて、たまたま一生涯大きな病気なく過ごせた人の負担は
少なく、たまたま病気がちだった人の負担は大きくなる、ということです。
一般的にいって、全般的に健康で、かつお金がある人は、1:9の社会のほうが、出費も少なく、万が
一病気になっても支払うお金があるので、望ましいと感じます。他方、病気がちで、かつお金があま
りない人は、ふだんから少しずつでも出費しておいたほうが安心できて望ましいと感じます。そこは
社会の選択です。ただ実際には、人生何が起こるかわからないという不確実性は誰も回避できないの
で、社会保険が弱体化すれば、人は民間保険に入ることでリスクを分散しようとするだけです。
現状は、多くの人が皆保険制度を望ましいと感じながら、実際には混合診療を拡大する方向に進んで
いるように見えます。なぜなら、医療技術の高度化等にもかかわらず、一向に医療費の公費投入を(
高齢化に伴う自然増分以上には)増やせないので、私費負担割合を増やさないことには病院が経営で
きず、医者も働き続けることができなくなっていくからです。医療技術の高度化は、これまで生き延
びることが困難だった未熟児や難病の方たちの存命を可能にする代わり(それは本人・家族の切実な
願いです)、医療費を高騰させますから、それにもかかわらず公費投入を増やせなければ、公費:私
費の比率は、放っておいても7:3から6:4、5:5、4:6へと徐々にその比率を変化させて対応していかざ
るを得ません。高い私費負担を強いられる人たちの不満を強め、リスクを個人化する混合診療全面解
禁論の「説得性」を高める方向に世論を導いていくでしょう。いまの社会は、人々の望む方向とは逆
の方向に進んでいます。
混合診療の全面解禁については、アメリカの民間保険会社などが長らく主張しており、日本の財界も
それに呼応しています。国会議員の中にも、それを主張する人は少なくありません。よって「その連
中が悪い」と言われることがありますが、だとしたら「そうならないように、医療費の負担と給付を
増やそう」と主張しないと、筋が通りません。混合診療全面解禁は反対だが、医療費負担も反対とい
うのでは、現実は私費負担割合が増えていく方向に進まざるを得ません。両方に反対していれば病気
になる人が減る、というのでないかぎり、実際にかかる経費は変わらないからです。
そのため、混合診療全面解禁も反対だが、医療費負担増も反対だというとき、人々の矛先は「どこか
(自分ではない)他のところにお金があるはずだ」というところに向かいます。それが企業だったり
(法人税)、富裕層だったり(所得税・資産課税)、消費税だったり、政府(特別会計など)だった
り、主張する人の意向によって矛先はまちまちです。現在のところ、多くの人たちが合致できる最大
公約数が「政府に隠れたムダ金があるはずだ」という点にありますから、「まずは政府が身を削れ」
という行革路線が強くなり、それを主張する分には、国会議員もマスコミも、あまり批判にさらされ
ず安心、という状態になっています。
これは税と財政の機能を強めるために税と財政の機能を弱めている状態で、「社会保障は強化するが
、官の肥大化には使わない」という言葉で法制化されてもいます。税と財政=(①年金、医療、介護
+②その他の社会保障を含むさまざまな政策経費+③公務員等の人件費)のうち、①を維持するため
に②と③を削る、という結果です。しかし、①と②は公務員が設計・運営しています。ここを減らし
続けるということは、公務員の中に専門的な技能を持った人が減り、いわゆる官製ワーキングプアが
増え、長い歴史的蓄積と長期の展望に立った設計・運営能力が低下していくことを意味します。本当
にそれで世の中がうまく回っていくのか、私は疑問です。
私は公務員を無批判に擁護しようというのではありません。不満はないのかと言われれば、不満はあ
ります。私が擁護したいのは社会です。社会を擁護したいという視点から現在の状況を見ると、公共
サービスを設計・運営するのが公務員という当たり前のことが忘れられて、公務員批判が自己目的化
しているような危機感を抱きます。何らかの目的を擁護するための手段にすぎなかった批判が、そも
そもの目的を見失って自己目的化するとき、それをバッシングと呼びます。その意味で、現在の状況
は「公務員バッシング」だと感じています。そしてそれが擁護すべき社会を強化する行為であるかと
いえば、私は懐疑的です。私は公務員を盲目的に擁護はしませんが、盲目的な公務員批判には反対で
す。それは結局、公共サービスを劣化させてしまうからです。
そこで出てきている概念が「公共を担うのは官だけではない」という「新しい公共」です。これにつ
いてもいろいろとありますが、ここではこれ以上は深入りしません。一言だけ書いておくと、私は「
新しい公共」を盲目的には批判しませんが、「新しい公共」を盲目的に擁護するのは反対です。
話を戻します。
医療崩壊と言われて久しい現実を前にして、医療を強化すべきという意見には、大方の同意が得られ
るのではないかと思います。それはつまり、1)医療に関する税と財政をもう少し大きくすべき、と
いう主張になります(医療にビタ一文減らす余地がない、ということではありません。精神医療の入
院治療のあり方などは見直す余地が大きいと思いますが、それをやれば十分な財源が出てくるかと言
えば、そうではないと思います)。そして、では医療を充実させるために、より多くの税を拠出する
として、2)誰が拠出するのか、という論点が次に出てきます。税目の話です。
2)について、現在、消費税増税が議論され、賛成と反対で世論が二つに分かれているのは、よく知
られている通りです。しかしその前段階としての1)については、より多くの人たちの合意が取れる
のではないかと、私は感じています。つまり、世界一の高齢社会にもかかわらず、ずっと若いアメリ
カ(高齢化率は日本の半分程度)並みの社会保障給付しかない現在の日本の状況では、医療にしろ介
護にしろ、子育てにしろ教育にしろ、まともな公共サービスを整備することは無理だから、税と財政
の規模をもう少し大きくすべきだ、という意見です。
こう言うと、すぐに「じゃあ社会主義的な大きな政府にするのか」と目くじらを立てる人がいます。
第一に、日本よりも社会保障給付費のGDP比の高いヨーロッパ諸国は、すべて資本主義諸国です。
この批判はあまりにも低劣です。第二に、はるかに高齢化率の低いアメリカと同程度の社会保障支出
しかない現状を改善しようということと、北欧諸国のような大きな政府にしようということとの間に
は、大きな開きがあります。前者は、いわば「せめて小さな政府に」と言っているにすぎず、「大き
な政府」とは雲泥の差があります。私は、日本社会の歴史と現状から考えて、私や他の誰かが何を言
おうと、実際問題として日本が北欧並みの「大きな政府」になることなどないだろうと思っています
。私が言っていることは、はるかにずっと控えめです。医者が過労で倒れ、介護ヘルパーは低賃金で
どんどん辞め、低年金・無年金で生活できない人が増え、非正規が増えているにもかかわらず、まと
もなセーフティネットが生活保護以外になく、本人や家族が課題を抱え込んで煮詰まり疲弊して残念
な事件が頻発し、自殺も減らず、社会に閉塞感が蔓延している現状を少しでも変えるために、せめて
小さな政府になるくらいの税と財政規模を確保しませんか、と言っているにすぎません(もちろん、
この控えめな主張に対しても反対する人がたくさんいるのは重々承知しています)。
また「いまの政治状況で増税を認めると、消費税増税になるから、認めるべきではない」という人も
います。「せめて小さい政府」などと中途半端なものではなく、正々堂々と「大きな政府」を要求す
べきであり、その財源は消費税ではなく企業や富裕層の増税で賄うべきだ、という意見です。
これについて触れ始めると、とても長くなってしまうので、この論点についてはいずれ改めて触れた
いと思いますが、簡単にまとめておくと、1)税の原則は「あるところからもらう(応能原則)」な
ので、税目として消費税だけを考えるのは適当ではなく、所得税の累進制強化や資産課税・相続税強
化、グローバルな金融取引課税や法人課税など広く考えるべき。実際の経緯としても、法人税減税が
行われる、リーマンショックにもかかわらずグローバルな金融課税はなかなか進展しない、タックス
ヘブン(ケイマン諸島など)を経由した不正事件が日本でも相次ぐ(オリンパス、AIJ)など、国
内外において企業が強すぎ、各種租税特別措置、証券取引優遇税制など改善すべき余地が多々ある。
2)ただし、消費税を頭から否定する必要はない。日本で消費税に反対する人も消費税率の高いヨー
ロッパ諸国をモデル視するように、「徴収した税を何に使うか」が問題であり、税と財政をトータル
で考え、それによって所得再分配機能が強化されるかどうかで判断すべき。高所得者から徴収しても
、徴収分を高所得者に使うのなら所得再分配機能は強化されない。逆も同じ。3)今回の税制改革で
は社会保障改革に限定して使うなど、所得再分配機能は強化される方向。ただ、総合合算制や給付つ
き税額控除の設計がまだなされていないので、詳細は不明。その議論に積極的にコミットしていくた
めには、入口で議論を閉ざすべきではない。4)消費税を投入することでこれまで社会保障費に充て
ていた国費の一部を国債償還分に回す対応については、現役世代を含めた社会保障費に充てる分との
按分率を決めるべきとの主張を「社会保障と税一体改革集中検討会議」で行っていたが、残念ながら
力及ばなかった(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai4/yuasa.pdf、
P28~31)。5)何よりも優先されるべきは、世界一の高齢社会に見合った財源規模の確保と所得再
分配機能の強化であり、消費税をめぐる賛否よりも争点化すべき。企業は法人税がイヤ、富裕層は所
得税・資産課税がイヤ、庶民は消費税がイヤで、結局必要な税と財政の規模が確保できないのでは、
現実には、社会保障から排除され、脱落していく貧困層がさらに拡大し、孤独死・孤立死も増加して
いく。税目以前に国の財政規模を確保し、所得再分配機能を強めていく発想からは「消費税を受け入
れるから、あんたたち(富裕層や企業)ももうちょっと保険料など負担してくれ」という持っていき
方があってもいいのではないか。そちらのほうが迫力があって、状況を変える力も生まれるのではな
いか。
今のままでは「政府はどうなってもかまわないから、税を支払いたくない」という声が強く、その力
関係の変わる兆しがなく、結果として政策的経費縮小の打撃を傘の外の人たちがもっとも強く受け続
ける状態が続いてしまうことを、私は懸念しています。
● 政府との関係、社会運動の立ち位置について
この点については、すでに関連する拙文として「社会運動と政権」(岩波書店『世界』2010年6月
号)、「社会運動の立ち位置について」(同、2012年3月号)がありますので、それを前提としつつ
、少し付け加えたいと思います。
後者の文章の中で、私が「調整の次元に主体的にコミットすべき」と書いたことについて、社会運
動もより政府内部の調整過程にコミットすべき、と解釈した人たちがいたらしいことを、複数の人た
ちから聞きました。私の書き方がまずかったために、このような誤読を惹き起こしたのだろうと思う
のですが、おそらくそう解釈した人たちは、政府内部での調整過程へのコミットを称揚したはずの私
が、その直後に辞任に至った理由が理解できないだろうと思います。理解されないのは残念なことだ
し、それがまた誤読に基づくさらなる憶測を惹き起こすとしたら、あまりに生産的でないので、ここ
で釈明しつつ、私が感じている課題をさらに整理しておきたいと思います。
あたりまえですが、政府内部の調整過程にコミットできるかどうか、その人選は政府が決めるもの
であり、外部の人間が決めることはできません。したがって、コミットするかどうかの選択権は外部
にはなく、社会運動を含めた外部は受身でしかありません。端的には、声がかかるか、排除されるか
、です。そして、政府の舞台設定は政府が行うものである以上、声がかかるほうがいいかどうかは、
ケースバイケースです。望ましい方向性を打ち出すためのものであれば、声がかかるほうが望ましい
し、望ましくない方向性を打ち出すためのものであれば、声がかかっても拒否する場合もあるでしょ
うし、排除されるほうがむしろ望ましいという場合もあります。途中で「席を蹴る」といった場合も
あるでしょう。したがって、選択権のない外部(社会運動)にとって「政府内部の調整過程にコミッ
トすべき」という命題は、ほとんど意味がありません。意味のないことを、私は主張しません。
問題は、たとえば「席を蹴る」という行為を何のために行うか、です。そこには二つの可能性があ
ります。1)気に入らないから、2)席を蹴ったほうが結論を有利に導けるから。1)は席を蹴るこ
とによって結果責任を回避しています。このまま議論に付き合っていると、よからぬ結論の作成責任
を自分も負わされてしまう可能性がある。それはご免こうむる、というわけです。それは心情的には
理解できます。ただし、結論はその人が席を蹴ることによって、その人にとってより一層望ましくな
いものになる可能性があります。その結果責任は、席を蹴ったその人にあります。席を蹴らなければ
、不満足であっても一部は意見が採用されたかもしれないからです。2)はその結果責任を自覚した
振舞いです。席を蹴るというインパクトの強い振舞いをすることによって、たとえばマスコミにその
問題を取り上げさせ、それによって席を蹴らずに内部で奮闘するよりもより自分にとって有利なもの
に導こうとするものです。その際、席を蹴るという行為は、いわば社会に向けて行われており、それ
によって醸成する社会的力で政治的力関係に影響を与えようとするものです。それが成功するかどう
かは、政治的・社会的力関係の総体で決まります。社会的にマスコミの注目を引くことに成功しても
、政府が無視できる程度のものであったとすれば、結論は席を蹴らなかった場合に比べて悪くなるか
もしれません。政府が無視できないくらいに社会的力関係を形成できるとしたら、席を蹴ったことが
その人にとっては「成功」となります。そうならなかった場合、席を蹴った本人は自分を責めます。
自分の見通しが甘かったからです。
ウェーバーは、いわば1)を「心情倫理」と呼び、2)を「責任倫理」と呼びました。私はウェー
バーを引用しつつ、次のように書きました。
「利害関係者間の調整を〈政治〉と言う。この意味での〈政治〉は、社会的領域(世間、地域)に
も政治的領域(「霞ヶ関」、「永田町」)にも偏在している。(中略)政治的・社会的力関係総体に
影響を及ぼす手法には、さまざまなものがある。選挙や裁判はそのもっとも公的なものだが、政治家
や役人・官僚、審議会委員に働きかける方法もあるし、署名、陳情、デモ、座り込み、集会、マスコ
ミ対策、インターネットを通じた意見表明と拡散、など社会的な働きかけによって世論形成を図る方
法もある。これらはすべて調整=〈政治〉の一環であり、ある利害を政治的・社会的力関係総体の中
で優位に立たせたり、また劣勢を挽回するために行うものだ。(中略)その意味で、政治的・社会的
な働きかけを行う者は調整=〈政治〉の当事者である。(中略)したがって調整の当事者として、私
たちはその調整結果に対して、幾分なりとも結果責任を負う。選挙で選んだ責任、ある政策・制度を
推進または阻止できなかった責任などだ。それが民主主義システムにおける主権者としての責任であ
り、結果責任を負うのは政治家のみではない。(中略)そして、あらゆる政治的・社会的な働きかけ
は、意識的にせよ無意識的にせよ、調整の当事者として、政治的・社会的力関係の変容、およびその
力関係の反映としての政治的領域における決定への影響力行使を目指して行われる」。
「席を蹴る」のは、ある劣勢を挽回するために行うデモと同じ〈政治〉=調整です。席を蹴ったの
はあいつらが悪いからで、おれは知らない、おれにはもう責任はない、では済まない。本人が自覚し
ているかどうかに関わりなく、常にすでに調整の当事者として結果責任を負っているということ、そ
れが民主主義における主権者ということだ、と私は考えています。結果責任を消せるのは頭の中だけ
です。「席を蹴る」行為だけでなく「(声がかかったのを)拒否する」場合も同様です。もちろん、
居酒屋やブログでいろんな不満や批判をぶちまけるのも同じです。
しかし、居酒屋やブログで不満や批判をぶちまける人、デモや集会を行う人たちの中には、それが
奏功しなかった場合の結果責任の自覚がない人(調整当事者としての自覚がない人、主権者としての
自覚がない人)がいます。それらの行為がよりよい結果をもたらさなかったのは、聞き入れなかった
政府が悪いからだ、で済ましてしまう人です。その人が忘れているのは、1億2千万人の人口の中には
、自分と反対の意見を持っている人もいて、政府はその人の税金も使っている、という単純な事実で
す。相互に対立する意見の両方を100%聞き入れることは、政府でなくても、誰でもできません。し
かしどちらも主権者である以上、結局どちらの意見をどれくらい容れるかは、両者の力関係で決まり
ます。世の中には多様な意見がありますから、それは結局「政治的・社会的力関係総体」で決まるこ
とになります。だから、自分たちの意見をより政治的・社会的力関係総体に浸透させることに成功し
たほうが、同じ玉虫色の結論であっても、より自分たちの意見に近い結論を導き出すことができます
。
しかし、聞き入れなかった政府が悪いからだ、で済ましてしまうと、自分たちの意見をより政治的
・社会的力関係総体に浸透させるために不足しているものは何か、どうして自分たちの意見は十分に
広がらないのか、どんな工夫が足りないのか、という問題意識が出てきません。それは社会運動にと
って、とても残念なことだと私は思っています(それは、よくある「独善的」との批判に根拠を与え
てしまいます)。そして、政治的シニシズムが「強いリーダーシップ」によって政治的に活性化され
た現在、社会運動はますますそのことを強く意識する必要があるのではないか、というのが私の趣旨
でした。だから、「政府の外でやってないで、政府内部の調整過程にコミットしよう」などという話
ではありません。そもそも、もしそうだとしたら、社会運動を見切っているわけで、「社会運動の立
ち位置」などという文章を書く動機が私自身に存在しません。
実際には、社会的にも政治的にも利害関係は複雑で錯綜しており、アテにしていた反応・反響が得
られないことはしばしばあります。すべてを計算し尽くして行動することは不可能です。「やってみ
ないとわからない」のが現実であり、何らかの行動を選択した後に、それに見合う反応・反響を確保
すべく奔走するのが普通だと思います。一定レベルのインパクトを狙っている場合に、それを事前に
言ってしまうとインパクトが削がれてしまうので、真の狙いは当面言わず、タイミングを見計らうと
いう判断もありえます。こうした細々した判断と行動の積み重ねによって政治的・社会的力関係総体
への働きかけを行うわけですが、重要なことは、結果としてうまくいかないことはあり、その責めは
、いろんな反応・反響を予期し切れなかった自分のシュミレーション不足だと考える必要がある、とい
うことです。それを「相手が悪かった」または「想定外」と無反省に切り捨ててしまったら、今後に
向けた教訓は出てこず、進歩もない。それは、原発事故をめぐる一連の政府・東電の反応から私たち
が学び取るべきものでもあると思います。
こうした考え方は、自己責任論的に聞こえるかもしれません。社会運動の自己責任論です。たしか
にそうです。そもそも、私が巷の自己責任論にもっとも不満だったのは、それが社会の構成員として
の、市民としての、主権者としての自覚を伴わない物言いだという点にありました。誰かを排除する
社会に住みながら、自分もその構成員の一人でありながら、その自己に対する責任の自覚なく、自分
とは関係ない誰か、とりわけ排除を受けている誰かの責任に帰して、自分は無関係だと考えるその無
責任さに腹が立っていました。その意味で、いわゆる自己責任論は社会的無責任論であり、私が「貧
困は自己責任ではない」という言葉で訴えていたのは、「本人の人生には一点の曇りもありません」
ということではなく、「貧困は社会的無責任論では解決しない」ということでした。その意味では、
私は巷に流通している、自分の無責任さを正当化する理屈としての自己責任論者とは異なる意味での
自己責任論者と言えるかもしれません。それが、どんなに嫌がっても主権者から降りられない民主主
義というシステムなのだと思います。
私の推測が間違っているかもしれませんが、今の社会に欠けているのは、少なからぬ人たちがその
ように振舞って、それぞれができる範囲で、政治的・社会的力関係総体への働きかけを行っていると
いう信頼感ではないか、と感じています。私がこの2年間で発見したのは、官僚の中にも、私と同じ
ような方向性を目指しながら働きかけを行っている人たちがたくさんいる、ということでした。その
人たちはテレビや新聞で原則論をぶったりはしません。錯綜する利害関係の中で説明・説得・調整・
妥協を繰り返しています。決定権をもたない組織の一員として、言いたいことを声高に言うことなく
、しかし結論が「言いたいこと」になるべく近づくように奮闘しています。ところが、外側の私たち
は、そうした内部の奮闘の結果として最後に出てきた結論が情報に接する最初になるので、そこから
評価が始まり、交渉が始まります。批判の矛先が奮闘した当の本人に向くこともしばしばです。
Aという担当者がいて、ある事柄をなんとかしたいと発案し、提起する。課内から局、局から省、省
から政府と持ち上がる過程でさまざまな修正が入り、結論としての政策が出来上がる。しかし、もと
もと同じ方向性の主張を掲げていた人たちが、その結論を原則的な立場から頭ごなしに批判し、説明
者でもある担当者をなじる。この過程が何度となく繰り返されていけば、少なくとも私だったらだん
だんと気持ちが萎えていきます。
原則的な立場は大事です。問題は、原則的なことを言っていれば原則的なことが実現するわけではな
い、という点にあります。「ぶれずにある立場を堅持していれば、いずれ理解される」と言って、30
年40年と同じことを言い続けている人がいます。しかし、言い続けてきた30年分40年分、世の中が言
っていることに近づいてきているかというと、必ずしもそうでないという場合があります。世の中に
は、反対の立場から30年40年原則的なことを言い続けている人もいるからです。その際の問題点は「
原則的な立場を堅持するかどうか」ではなく、「原則的な立場に現実を少しでも近づけるための、言
い方ややり方の工夫をする必要がある」という点にあります。工夫が足りないことの結果として自分
の見解が広く理解されなかったことの結果責任の自覚なく、「聞き入れないあいつらがわかってない
」と言っているだけでは、さらに多くの人たちから相手にされなくなっていくだけで、その逆にはな
らないでしょう。
あたりまえのことしか言っていないと思うのですが、実際にはそのあたりまえが通用しない局面が
あります。現実的な工夫よりは、より原則的に、より非妥協的に、より威勢よく、より先鋭的に、よ
り思い切った主張が、社会運動内部でも世間一般でも喝采を集めることがあります。そうなると、政
治的・社会的力関係総体への地道な働きかけは、見えにくく、複雑でわかりにくいという理由から批
判の対象とされます。見えにくく、複雑でわかりにくいのは、世の利害関係が多様で複雑だからなの
であって、単純なものを複雑に見せているわけではなく、複雑だから複雑にしか処理できないにすぎ
ないのですが、そのことに対する社会の想像力が低下していっているのではないかと感じます。
テレビや新聞の断片的な情報と、それを受け取った際の印象で自分の判断を形成し、それがきわめ
て不十分な情報だけに依拠したとりあえずの判断でしかないという自覚がなく、各種の専門家の意見
に謙虚に耳を傾けることもなく、自分と異なる意見に対して攻撃的に反応する。ツイッターでもブロ
グでも、テレビのコメンテーターから中央・地方の政治家から、そして社会運動の中にも、このよう
な態度が蔓延しており、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化される状態、他
者をこきおろす者が、それが強ければ強いほど高く評価されるような状態、より過激なバッシングへ
の競争状態です。
容易に転換しそうにないこの風潮をどうすれば変えることができるのか、私にはまだよくわかりま
せん。ただ少なくとも、このような局面で社会運動が採るべき方向性は、バッシング競争で負けない
ためにより気の利いたワンフレーズを探すことではなく、許容量を広く取って理解と共感を広げてい
くために、相手に反応して自分を変化させ続けていくこと、政治的・社会的な調整と交渉に主体的に
コミットすること、そして自分という存在の社会性により磨きをかけていくことではないかと思いま
す。それが、私の考える「社会運動の立ち位置」です。
この2年間、私はそれまで知らなかった世界を垣間見てきました。政策的に十分な成果を挙げられ
たかといえば、そうは言えないと思うので、政策的な働きかけはこれからも継続していきますが、個
人的な経験としては、2年間で学んだものは非常に大きかったと感じています。これから民間の立場
に戻りますが(参与職は非常勤国家公務員ですから、この間も半分は民間の立場で活動していました
が)、この2年間の経験を「なかったこと」にはできませんので、これからもこの経験を踏まえて、
政治的・社会的力関係総体への働きかけを続けていきたいと思います。
末尾になりましたが、この2年間、さまざまなことをご教示くださった方々に、深くお礼申し上げ
ます。ありがとうございました。
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2012年3月7日発行のメールニュースより
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■1(東京)
2012年3月8日(木)19:00~21:00@アジア太平洋資料センター(PARC)会議室
「福島農家の“今”に触れる~福島視察・全国集会事前勉強会」
■2(東京)
2012年3月26日(月)18:00開場 18:30開始 20:30終了@総評会館201会議室
名無しの震災救援団 多民族・多文化救援活動報告会
~物資搬送、炊き出しから共同食堂へ。そして、これから・・・~
■3【お知らせ・集約日は3月10日です】
東京の夜間中学(日本語学級)を守る署名活動にご協力ください
■4【お知らせ】
2012年度 PARC自由学校 全講座がウェブにUP&お申込みスタート!
─脱原発、脱成長の社会をめざして、出会い、学び、一歩動き出そう!
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■1
「福島農家の“今”に触れる~福島視察・全国集会事前勉強会」
3月24日・25日の土日に、福島有機農業者ネットワークの主催で、「福島視察・全国集
会」が開催されます。この集会は、報道のみでは伝わりにくい福島の現状
と、土と共に生きる有機農業者たちの苦悩と努力を少しでも知ってもらう機会として
企画されたものです。何よりも重要なことは、福島のことを忘れず、福島とつなが
りながら、今後の復興を共に考え、歩んでいくことです。この勉強会は、「全国集会」
に参加する予定の方には問題意識を深めてもらう機会として、また参加出来ない
方には福島の現状の一端を知ってもらう機会として、「全国集会」の東京側賛同団体
が自主的に企画したものです。ぜひ、御参加下さい。
【日時】2012年3月8日 19時~21時
【場所】アジア太平洋資料センター(PARC)会議室
http://www.parc-jp.org/guidance/guidance_04.html
【講師】中島紀一(茨城大学)、大野和興(農業ジャーナリスト)、大江正章
(コモンズ)、福島農業者(予定)他
【主催】PARC、APLA、JVC
【参加費】無料
*「福島視察・全国集会」のご案内とお申し込みはこちらをご覧ください。
http://www.farm-n.jp/yuuki/sub4.html
【問い合わせ】
アジア太平洋資料センター(PARC)/内田聖子
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル3F
TEL.03-5209-3455 FAX.03-5209-3453
E-mail: kokusai@parc-jp.org
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■2
『名無しの震災救援団 多民族・多文化救援活動報告会
~物資搬送、炊き出しから共同食堂へ。そして、これから・・・~』
【日時】3月26日(月)18時開場、18時半開始、20時半終了
【場所】総評会館201会議室
【参加費】資料代1000円
(救援基金含む、被災地の共同食堂を応援する1レンガ1万円基金も当日受け付けます!)
【主催】名無しの震災救援団
【連絡先】東京都台東区上野1-1-12 新広小路ビル5F
Tel:+81-(0)3-3836-9061 Fax:+81-(0)3-3836-9077
南三陸町を中心に、物資搬送、炊き出し、被災地でのコミュニティー再建の
ための共同食堂設立の支援をしてきた「名無しの震災救援団」の活動報告会。
「多民族・多文化救援活動」をモットーに震災直後から始まったこれまでの
活動の振り返りと、これからの課題を、参加者と共有します。
当日は被災者の他、NGO、労働組合、地域の市民グループ、学生団体、
そして移住者コミュニティーも報告する予定です。
息の長い支援活動の大切さを共有する、多くの方々の参加をお待ちしています!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3
【東京の夜間中学(日本語学級)を守る署名活動にご協力ください】
現在、全国に35校ある夜間中学校では、中高年、元不登校・引きこもり、
中国残留孤児、様々な理由で来日した外国人、難民等、、、など
多様な生徒が学んでいます。
そのうち8校の夜間中学がある東京都の教育委員会では、新年度を
2か月後に控えた2月に入り突然、日本語学級の在籍期間を1年間に
限定する「公立小・中学校日本語学級設置要綱」の改定案を通知しました。
施行されれば、十分日本語を学習できない生徒もでき、学級と教員の数が
減って必要な運用クラスも確保できなくなり、夜間中学校の存続の問題にも
関わる、と現場では大きな不安が広がっています。
それを受け、去る2/18には<「東京の夜間中学(日本語学級)を守る」緊急集会>
がおこなわれ、多くの文化人、教育関係者らが呼びかけ人に名を連ねました。
そして現在、下記の通り教員や卒業生・関係者らにより都議会と都教委への
要請署名行動が取り組まれていますので、ぜひご協力いただきますよう
お願いいたします。
---
■署名用紙・詳細情報
↓署名用紙は下記ブログより印刷してください。
夜間中学校と教育を語る会公式ブログ
http://blog.goo.ne.jp/yachu-kyoiku
■集約日
第二次集約 3月10日(土)
(一枚全部の署名欄がうまっていなくてもかまいません)
※なお、第二次集約後も引き続き署名は集めます。
■署名送付先
〒270-2252 松戸市千駄堀1496
見城慶和宛
■問い合わせ連絡先
澤井留里 電話・FAX 03(3629)0362
--
【参考】
◇ニュース報道
・朝日新聞
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201202190066.html
・しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-02-19/2012021914_01_1.html
◇東京都内夜間学級8校
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/yakan/index.html
◇意見書・呼びかけ人など
*意見書提出
大田堯(東京大学名誉教授)
小林文人(東京学芸大学名誉教授)
*2.18緊急集会へ届いたメッセージ
映画『学校』から19年、あの夜間中学校が今も灯をともして
存在し続けていることをぼくは誇らしく思っています。
今回の東京の夜間中学日本語学級についてもちあがっている問題が、
夜間中学校の今後の存在に関わることになるのではないかと心配です。
夜間中学という、とても人間的で優しい制度が守られ支えられるよう、
多くの皆さんが知恵と力を寄せ合って下さることを願ってやみません。
―――山田洋次(映画監督)
*2.18緊急集会呼びかけ人
太田直子(映画「月明かりの下で」監督)、岡部範子(ラックパーサータイ)、
川越道彦(カメラマン)、小林普子(NPOみんなのおうち)、小林文人
(東京学芸大学名誉教授)、佐久間孝正(元立教大学・多文化共生教育研究会)、
関口明子(国際日本語普及協会)、辻 智子(神奈川大学)、土屋千尋(帝京大学)
出口雅子(ピナツボ復興むさしのネット)、中西久恵(CCS世界の子どもと
手をつなぐ学生の会)、中山眞理子(中野区国際交流協会・亜細亜大学)、
沼口 博(大東文化大学)、春原憲一郎(海外技術者研修協会)、藤田京子
(外国人生徒学習の会)、藤田美佳(中央大学)、宮崎里司(早稲田大学大学院)、
森 康行(映画監督)、山田 泉(法政大学)、山田洋次(映画監督)、
横山文夫(日本語フォーラム全国ネット)、李 原翔(東京学芸大学大学院・通訳)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4
■■■
■ 2012年度 PARC自由学校 全講座がウェブにUP&お申込みスタート!
─脱原発、脱成長の社会をめざして、出会い、学び、一歩動き出そう! ■
http://www.parc-jp.org/freeschool/index.html ■■■
PARC自由学校は1982年にスタートしたオルタナティブな市民の学校です。毎年開
講し、ついに今年で30年目を迎えます。これまでの受講生は7000名あまり。時代
を先取りしたテーマで、普通の教育機関では味わえない講座を開いています。
参加者は年齢層も10代から70代まで幅広く、様々な職業の方々が集まり、新しい
出会いの場となっています。2012年度の25講座の申し込み受付がスタートします。
ぜひ皆様のご参加をお待ちしています!
●講座一覧はこちら→http://www.parc-jp.org/freeschool/index.html
※ウェブサイトからお申込み・クレジット決済が可能です。またパンフレットの
ダウンロードも可能です。
【講座一覧】
★ことばの学校★
01. キムのActive English─ 世界のグラスルーツ・パワーとつながる
02. ジェンスの英語で発信!
03. 世界のニュースから国際情勢を読み解こう
04. 武藤一羊の英文精読
05. 五感で学ぶ! アイヌ民族のことばと文化
06. はじめてのケチュア語―アンデス先住民族の歴史と文化を学ぶ
★世界の学校★
07. グローバル・デモクラシーへの挑戦―人びとは立ちあがり、世界は動く
08. TPPでは生きられない!?―私たちの暮らしは私たちがつくる
09. アラブ・カルチャー:抵抗とオルタナティブ
10. ドキュメンタリー映画で観る 現代中国の光と影
★社会の学校★
11. 本気で脱原発!
12. 地域で創る。脱成長な生き方・働き方
13. もうマスコミは信じない―メディアを選ぶ・創る
14. 生きる―表現者たちが紡ぐ哲学
15. どうする日本の食と農
★連続ゼミ★
16. もうだまされない!知識ゼロからの経済学入門
17. 東京を歩く―あらためて考える「防災」と「防衛」
18. 映像を使って授業をつくろう―脱原発・貧困・環境をテーマに
★環境と暮らしの学校★
19. 暮らしの達人に学ぶ!手仕事とサバイバル術入門
20. 文化としてのビールを味わう
21. 島の知恵と暮らしにまなぶ―いま問い直す豊かさの意味
22. コミュニティ・カフェをつくろう!─ あなただからできる、あなたらしい場づくり
23. 東京で農業!
★表現の学校★
24. 生きることは表現すること―アーティストと学ぶ、アートの歴史と創作ワークショップ
25. 「旧暦」は「未来暦」─ 古くて新しい「歳時記」暮らしのススメ
★特別講座★
社会にモノ言うはじめの一歩!~活動家一丁あがり!~
【労働と貧困】
【食と農で世直し!】
★お昼の学校★
A. 阿満利麿と読む「親鸞」─ 絶望と無関心から、つながり行動するための思想
B. コミュニティ・カフェをつくろう!─ あなただからできる、あなたらしい場づくり
★海外/国内ツアー★
◎アクションツアー!現場とつながろう
福島県喜多方市を春夏秋冬 訪れる/
祝島を訪れる
インドネシア・ハルク島 島の暮らしから生きる力を学ぼう
【すべての講座のお問い合わせ・お申込み】
PARC自由学校
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル3F
TEL.03-5209-3455 FAX.03-5209-3453
E-mail: officei@parc-jp.org
HP http://www.parc-jp.org/
Twitter:http://twitter.com/parc_jp
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■1(東京)
2012年3月8日(木)19:00~21:00@アジア太平洋資料センター(PARC)会議室
「福島農家の“今”に触れる~福島視察・全国集会事前勉強会」
■2(東京)
2012年3月26日(月)18:00開場 18:30開始 20:30終了@総評会館201会議室
名無しの震災救援団 多民族・多文化救援活動報告会
~物資搬送、炊き出しから共同食堂へ。そして、これから・・・~
■3【お知らせ・集約日は3月10日です】
東京の夜間中学(日本語学級)を守る署名活動にご協力ください
■4【お知らせ】
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─脱原発、脱成長の社会をめざして、出会い、学び、一歩動き出そう!
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■1
「福島農家の“今”に触れる~福島視察・全国集会事前勉強会」
3月24日・25日の土日に、福島有機農業者ネットワークの主催で、「福島視察・全国集
会」が開催されます。この集会は、報道のみでは伝わりにくい福島の現状
と、土と共に生きる有機農業者たちの苦悩と努力を少しでも知ってもらう機会として
企画されたものです。何よりも重要なことは、福島のことを忘れず、福島とつなが
りながら、今後の復興を共に考え、歩んでいくことです。この勉強会は、「全国集会」
に参加する予定の方には問題意識を深めてもらう機会として、また参加出来ない
方には福島の現状の一端を知ってもらう機会として、「全国集会」の東京側賛同団体
が自主的に企画したものです。ぜひ、御参加下さい。
【日時】2012年3月8日 19時~21時
【場所】アジア太平洋資料センター(PARC)会議室
http://www.parc-jp.org/guidance/guidance_04.html
【講師】中島紀一(茨城大学)、大野和興(農業ジャーナリスト)、大江正章
(コモンズ)、福島農業者(予定)他
【主催】PARC、APLA、JVC
【参加費】無料
*「福島視察・全国集会」のご案内とお申し込みはこちらをご覧ください。
http://www.farm-n.jp/yuuki/sub4.html
【問い合わせ】
アジア太平洋資料センター(PARC)/内田聖子
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル3F
TEL.03-5209-3455 FAX.03-5209-3453
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■2
『名無しの震災救援団 多民族・多文化救援活動報告会
~物資搬送、炊き出しから共同食堂へ。そして、これから・・・~』
【日時】3月26日(月)18時開場、18時半開始、20時半終了
【場所】総評会館201会議室
【参加費】資料代1000円
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【主催】名無しの震災救援団
【連絡先】東京都台東区上野1-1-12 新広小路ビル5F
Tel:+81-(0)3-3836-9061 Fax:+81-(0)3-3836-9077
南三陸町を中心に、物資搬送、炊き出し、被災地でのコミュニティー再建の
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活動の振り返りと、これからの課題を、参加者と共有します。
当日は被災者の他、NGO、労働組合、地域の市民グループ、学生団体、
そして移住者コミュニティーも報告する予定です。
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■3
【東京の夜間中学(日本語学級)を守る署名活動にご協力ください】
現在、全国に35校ある夜間中学校では、中高年、元不登校・引きこもり、
中国残留孤児、様々な理由で来日した外国人、難民等、、、など
多様な生徒が学んでいます。
そのうち8校の夜間中学がある東京都の教育委員会では、新年度を
2か月後に控えた2月に入り突然、日本語学級の在籍期間を1年間に
限定する「公立小・中学校日本語学級設置要綱」の改定案を通知しました。
施行されれば、十分日本語を学習できない生徒もでき、学級と教員の数が
減って必要な運用クラスも確保できなくなり、夜間中学校の存続の問題にも
関わる、と現場では大きな不安が広がっています。
それを受け、去る2/18には<「東京の夜間中学(日本語学級)を守る」緊急集会>
がおこなわれ、多くの文化人、教育関係者らが呼びかけ人に名を連ねました。
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要請署名行動が取り組まれていますので、ぜひご協力いただきますよう
お願いいたします。
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■署名用紙・詳細情報
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夜間中学校と教育を語る会公式ブログ
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■集約日
第二次集約 3月10日(土)
(一枚全部の署名欄がうまっていなくてもかまいません)
※なお、第二次集約後も引き続き署名は集めます。
■署名送付先
〒270-2252 松戸市千駄堀1496
見城慶和宛
■問い合わせ連絡先
澤井留里 電話・FAX 03(3629)0362
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【参考】
◇ニュース報道
・朝日新聞
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201202190066.html
・しんぶん赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-02-19/2012021914_01_1.html
◇東京都内夜間学級8校
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/yakan/index.html
◇意見書・呼びかけ人など
*意見書提出
大田堯(東京大学名誉教授)
小林文人(東京学芸大学名誉教授)
*2.18緊急集会へ届いたメッセージ
映画『学校』から19年、あの夜間中学校が今も灯をともして
存在し続けていることをぼくは誇らしく思っています。
今回の東京の夜間中学日本語学級についてもちあがっている問題が、
夜間中学校の今後の存在に関わることになるのではないかと心配です。
夜間中学という、とても人間的で優しい制度が守られ支えられるよう、
多くの皆さんが知恵と力を寄せ合って下さることを願ってやみません。
―――山田洋次(映画監督)
*2.18緊急集会呼びかけ人
太田直子(映画「月明かりの下で」監督)、岡部範子(ラックパーサータイ)、
川越道彦(カメラマン)、小林普子(NPOみんなのおうち)、小林文人
(東京学芸大学名誉教授)、佐久間孝正(元立教大学・多文化共生教育研究会)、
関口明子(国際日本語普及協会)、辻 智子(神奈川大学)、土屋千尋(帝京大学)
出口雅子(ピナツボ復興むさしのネット)、中西久恵(CCS世界の子どもと
手をつなぐ学生の会)、中山眞理子(中野区国際交流協会・亜細亜大学)、
沼口 博(大東文化大学)、春原憲一郎(海外技術者研修協会)、藤田京子
(外国人生徒学習の会)、藤田美佳(中央大学)、宮崎里司(早稲田大学大学院)、
森 康行(映画監督)、山田 泉(法政大学)、山田洋次(映画監督)、
横山文夫(日本語フォーラム全国ネット)、李 原翔(東京学芸大学大学院・通訳)
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■ 2012年度 PARC自由学校 全講座がウェブにUP&お申込みスタート!
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PARC自由学校は1982年にスタートしたオルタナティブな市民の学校です。毎年開
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01. キムのActive English─ 世界のグラスルーツ・パワーとつながる
02. ジェンスの英語で発信!
03. 世界のニュースから国際情勢を読み解こう
04. 武藤一羊の英文精読
05. 五感で学ぶ! アイヌ民族のことばと文化
06. はじめてのケチュア語―アンデス先住民族の歴史と文化を学ぶ
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07. グローバル・デモクラシーへの挑戦―人びとは立ちあがり、世界は動く
08. TPPでは生きられない!?―私たちの暮らしは私たちがつくる
09. アラブ・カルチャー:抵抗とオルタナティブ
10. ドキュメンタリー映画で観る 現代中国の光と影
★社会の学校★
11. 本気で脱原発!
12. 地域で創る。脱成長な生き方・働き方
13. もうマスコミは信じない―メディアを選ぶ・創る
14. 生きる―表現者たちが紡ぐ哲学
15. どうする日本の食と農
★連続ゼミ★
16. もうだまされない!知識ゼロからの経済学入門
17. 東京を歩く―あらためて考える「防災」と「防衛」
18. 映像を使って授業をつくろう―脱原発・貧困・環境をテーマに
★環境と暮らしの学校★
19. 暮らしの達人に学ぶ!手仕事とサバイバル術入門
20. 文化としてのビールを味わう
21. 島の知恵と暮らしにまなぶ―いま問い直す豊かさの意味
22. コミュニティ・カフェをつくろう!─ あなただからできる、あなたらしい場づくり
23. 東京で農業!
★表現の学校★
24. 生きることは表現すること―アーティストと学ぶ、アートの歴史と創作ワークショップ
25. 「旧暦」は「未来暦」─ 古くて新しい「歳時記」暮らしのススメ
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A. 阿満利麿と読む「親鸞」─ 絶望と無関心から、つながり行動するための思想
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祝島を訪れる
インドネシア・ハルク島 島の暮らしから生きる力を学ぼう
【すべての講座のお問い合わせ・お申込み】
PARC自由学校
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-7-11 東洋ビル3F
TEL.03-5209-3455 FAX.03-5209-3453
E-mail: officei@parc-jp.org
HP http://www.parc-jp.org/
Twitter:http://twitter.com/parc_jp
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2012年3月2日金曜日
2012年3月2日発行【緊急のお知らせ】より・(3日文章・チラシ更新)
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(以下のチラシはこちらからダウンロードできます)
https://www.sugarsync.com/pf/D434877_1016243_638551
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
「評判の悪い生活保護については、何か手をつけないと消費税増税への国民
の理解が得られない」という理由で、非常に強引に生活保護受給者の医療費一
部自己負担導入が決められようとしています。しかし実は医療扶助費の6割近
くの約8000億円が入院費であり、約25%の3000億円が精神医療入院費であるこ
とは、あまり知られていません。医療扶助費の効率化を考える際、自己負担導
入で問題が解決するのか、実態に即して考える必要があります。鬱積するフラ
ストレーションが「弱者たたき」に向かいやすい現在、冷静な議論を行いたい
と思います。
【日時】3月13日(火)18:30~20:00
【場所】航空会館7F701・702会議室
東京都港区新橋1-18-1(JR新橋駅日比谷口、メトロ銀座線、都営浅草
線新橋駅7番出口より徒歩5分。都営三田線内幸町駅A2出口すぐ)
地図→ http://www.kokukaikan.com/tizu.htm
【中継】当日ユーストリーム中継あり→http://www.ustream.tv/channel/hanhinkon
【司会進行】
○大塚 敏夫(中央労福協事務局長)
【発言】
○門屋 充郎(日本相談支援専門員協会代表、NPO法人十勝障害者支援セン
ター理事長)
日本の精神医療は、入院治療に偏りすぎていて、それが多くの弊害をもたら
しています。障害者の地域生活移行は、以前から国の方針として掲げられなが
ら、十分な成果を挙げていません。理由の一端は、地域生活の困難さにあると
言われます。しかし、適切な相談支援体制があれば、それは十分に可能です。
実践的裏づけのあるデータに基づいて、精神障害者の地域生活移行が可能であ
り、それによって医療費自己負担導入などしなくても、生活保護の医療扶助費
を減らすことは可能であることを示します。
○湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセン
ター・もやい事務局次長)
橋下大阪市長や一部の国会議員が強硬に主張している医療費自己負担導入は
、そもそも実務的に可能なのでしょうか。むしろ実務的な検証なく、「何かしなけれ
ば」という焦りと勢いだけで突き進んでいるように見えます。その結果が現場の混乱
で終わることは明らかです。ムードに流された弱者叩きほどおそろしいものはありま
せん。国会議員やマスコミの方たちには、冷静で実のある政策論議を求めたいと
思います。
○鈴木 隆一(当事者団体「オアシスの会」)
これまで、14、5回の入退院を繰り返しています。病院は医療を受けて蘇生する
ところ、地域が僕の住むところです。地域での暮らしは困難もありますが、でも自分
でその都度悩み、考えながら生きているのはいいことです。その暮らしには生活保
護は命綱のようなもの。その命綱が切れてしまったら、また病院に戻るしかなくなり
ます。
【主催】生活底上げ会議 (人間らしい労働と生活を求める連絡会議)
連絡先:中央労福協・北村 TEL 03-3259-1287
〒101-0052 千代田区神田小川町3-8 中北ビル5階
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(以下のチラシはこちらからダウンロードできます)
https://www.sugarsync.com/pf/D434877_1016243_638551
本当にそれで解決するの?
生活保護の医療費(一部)自己負担問題を考える
「評判の悪い生活保護については、何か手をつけないと消費税増税への国民
の理解が得られない」という理由で、非常に強引に生活保護受給者の医療費一
部自己負担導入が決められようとしています。しかし実は医療扶助費の6割近
くの約8000億円が入院費であり、約25%の3000億円が精神医療入院費であるこ
とは、あまり知られていません。医療扶助費の効率化を考える際、自己負担導
入で問題が解決するのか、実態に即して考える必要があります。鬱積するフラ
ストレーションが「弱者たたき」に向かいやすい現在、冷静な議論を行いたい
と思います。
【日時】3月13日(火)18:30~20:00
【場所】航空会館7F701・702会議室
東京都港区新橋1-18-1(JR新橋駅日比谷口、メトロ銀座線、都営浅草
線新橋駅7番出口より徒歩5分。都営三田線内幸町駅A2出口すぐ)
地図→ http://www.kokukaikan.com/tizu.htm
【中継】当日ユーストリーム中継あり→http://www.ustream.tv/channel/hanhinkon
【司会進行】
○大塚 敏夫(中央労福協事務局長)
【発言】
○門屋 充郎(日本相談支援専門員協会代表、NPO法人十勝障害者支援セン
ター理事長)
日本の精神医療は、入院治療に偏りすぎていて、それが多くの弊害をもたら
しています。障害者の地域生活移行は、以前から国の方針として掲げられなが
ら、十分な成果を挙げていません。理由の一端は、地域生活の困難さにあると
言われます。しかし、適切な相談支援体制があれば、それは十分に可能です。
実践的裏づけのあるデータに基づいて、精神障害者の地域生活移行が可能であ
り、それによって医療費自己負担導入などしなくても、生活保護の医療扶助費
を減らすことは可能であることを示します。
○湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセン
ター・もやい事務局次長)
橋下大阪市長や一部の国会議員が強硬に主張している医療費自己負担導入は
、そもそも実務的に可能なのでしょうか。むしろ実務的な検証なく、「何かしなけれ
ば」という焦りと勢いだけで突き進んでいるように見えます。その結果が現場の混乱
で終わることは明らかです。ムードに流された弱者叩きほどおそろしいものはありま
せん。国会議員やマスコミの方たちには、冷静で実のある政策論議を求めたいと
思います。
○鈴木 隆一(当事者団体「オアシスの会」)
これまで、14、5回の入退院を繰り返しています。病院は医療を受けて蘇生する
ところ、地域が僕の住むところです。地域での暮らしは困難もありますが、でも自分
でその都度悩み、考えながら生きているのはいいことです。その暮らしには生活保
護は命綱のようなもの。その命綱が切れてしまったら、また病院に戻るしかなくなり
ます。
【主催】生活底上げ会議 (人間らしい労働と生活を求める連絡会議)
連絡先:中央労福協・北村 TEL 03-3259-1287
〒101-0052 千代田区神田小川町3-8 中北ビル5階
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